第17話

 レイドクエストの翌日……僕とネロは、ベインブルクを観光して回っていた。


「見て、見て、ネロ、このお饅頭、凄く伸びるんだよ!」


『わ、我にも、我にも一つくれ!』


 露店で購入した〈もちもち饅頭〉に、僕とネロは大燥ぎしていた。

 ある稀少な薬草の根を混ぜているらしく、物凄く伸縮性のある饅頭なのだ。


『美味い、美味いぞ……! 現界には、これほど美味なものがあったのか……!』


 この饅頭に大喜びしているネロの正体が、まさか大精霊だとは皆思わないだろう。


「ここにいたのね、マルク」


 ネロと二人して饅頭を食べていると、背後から声が掛けられた。


「ロゼッタさん」


 B級冒険者のロゼッタさんだった。


「僕を捜していたんですか?」


「ええ……実は、ベインブルク支部のギルド長、ラコールが急ぎであなたに会いたいそうなのよ」


「ギルド長さんが……」


 断る理由もないが、いったい何の用なのだろうか。


『フン、大方、マルクの才能に目をつけて、唾を付けておこうという魂胆であろうな』


 ネロは嬉しそうに左右に尾を振りながら、そう口にした。


「それだけだといいんだけど……妙にギルド全体がピリピリしていて、急いでいたみたいなのよ」


 ギルド全体がピリピリしていた……?

 ダルクと名乗っていた、あの風魔法使いの男の顔が頭を過った。

 もしや、彼が何か絡んでいるのだろうか。


 ロゼッタさんに連れられて、冒険者ギルドへと向かうことになった。

 職員の案内を受けて、関係者用の通路を通る。

 ギルド長の執務室へと通された。


 ギルド長は、大柄で髪の長い男の人だった。

 歳は四十歳前後だろうか? 左眼に大きな傷があり、眼帯をしている。

 凄い貫禄のある人だ。

 彼の前に立っているだけで重々しい圧迫感があった。


 この人が、ギルド長のラコールさん……。


「こ、この子が襲撃者を退けた新人……?」

「本当に子供じゃないか……とても信じられない」

「ギルベルトさん、なんでもすぐに誇張するから……やっぱり……」


 場に居合わせた他の職員達が、僕を見て小声で噂をしている。

 な、なんだか居心地が悪かった。


 ラコールさんは、値踏みするような目で僕を見る。


「おい、本当にこの坊主が、レイド中に現れた襲撃者を追い払ったのか?」


 ラコールさんは、鋭い眼光で扉の方を睨みつける。

 視線を追えば、遅れて執務室に入ってきたギルベルトさんが、びくりと肩を震わせていた。


「え、ええ、そうですとも! 他の者が手も足も出ない中、マルク君ほぼ一人で撃退しまして……! 恐ろしく強い男でしたが、あっという間に、大慌てで逃げて行きましたよ!」


「ギルド長、ギルベルトが大袈裟なのはいつものことです……。当てにしたのが間違いだったのでしょう」


 職員の一人が、そう溜め息を吐いた。


「ちっ、違う! あの男! 間違いなくA級冒険者以上の凄腕だったた! それを難なく、あっさりとだな……!」


 ギルベルトさんは、身振り手振りで他の者達へと先日の状況を伝えようとする。

 しかし、既に誰も彼の方を見てはいなかった。


「あの、ラコールさん……僕は、何のために呼ばれたんでしょうか?」


「マルク……お前を特例で、B級冒険者へと昇格させようと考えている」


「僕をB級冒険者に!? せ、先日、E級冒険者として登録したばかりですよ?」


「ず、狡いぞ、マルク君! B級以上は、実力以上に実績や精神性が考慮される……! 僕は十年近く冒険者をやって、ようやくB級になったのに!」


 ギルベルトさんがそう声を上げたが、ラコールさんに睨まれて沈黙した。


「急ぎの事情がある。ギルドも人材不足……若い才能が眠っているのならば、強引にでも発掘して、その補佐を行っていきたい。だが、無論……無条件で、というわけにはいかない」


 ラコールさんは立ち上がると、壁に飾られていた大槍を手に持った。


「ギルド長が、直々に見極めを!? じょ、冗談でしょう」

「怪我で現役を退かれたとはいえ、ギルド長はA級冒険者ですよ! 勢い余って殺してしまいますよ、あんな子供!」


 他の職員達が、必死になってラコールさんを止める。

 ラコールさんは職員達の言葉を無視して、僕へと目を向けた。


「無論、本気でやるつもりはないが、受け方を誤れば大怪我を負うこともあるだろう。怖いか? お前が降りるならば、この話はここまでだ。坊主、どうする?」


 ラコールさんが僕の正面へと立った。


「……やめておいた方がいいわ、マルク。等級を急いで上げる理由もないでしょう? やっぱり今のギルド……なんだか空気が張り詰めてる。執務室にこれだけ人が集まってるのって、かなりの大事よ。人材不足で実験的に特例の昇格を行いたいにしても、少し引っ掛かる」


 ロゼッタさんが、僕へと小声でそう話した。


「う、受けてくれよう、マルク君! 君が軽んじられたままだと、僕まで大法螺吹きになってしまう! お願いだ、マルク君! 僕のギルドでのメンツを守ってくれ!」


 ギルベルトさんが、僕の足へと縋り付いてきた。


「ギルベルト……あなたねぇ」


 ロゼッタさんが、ギルベルトさんを見下して、こめかみをぴくぴくと震えさせる。


「わかりました……ラコールさん。そのB級昇格、僕に挑ませてください」


「マルク君! 君は心の友だよ!」


 ギルベルトさんが顔色を輝かせる。


「マルク……あなた、こんな奴のためにわざわざ身体張らなくても……!」


 ロゼッタさんが、ギルベルトさんを指で示す。


 ギルベルトさんのため……というだけではないが、ギルベルトさんがこうして勧めてくれているのならば、そう悪い話ではないのだと思う。


「それに……この特例は、僕に期待して設けていただいた場なんですよね。だったら僕は、力の限りその期待に応えたいです」


 僕も一歩、ラコールさんの方へと前に出た。


「なるほど、坊主……確かに覚悟と信念は一丁前らしい。そういう奴は嫌いじゃない」


 ラコールさんが大槍を構える。


「次は実力の程を確かめさせてもらうぞ!」 

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