第16話
ガンドさん達との再会を果たした後、僕ら一行は都市へと帰還することになった。
当初の目的であったゴブリンはさほど狩れていないが、最低限の目的である群団化の解散と、拠点の破壊については充分に達成できた。
ゴブリンは強大な拠点を持ち、大規模な集団にならなければさほど危険な魔物ではない、という扱いになっているらしい。
しかし、全てが順調というわけではなかった。
「落下した跡はあるんだけど……見て、地面を這った後があるし、こっちは血が続いてる」
ロゼッタさんはその場に屈んで、地面の痕跡を調べていた。
「あのダルクって男……マルクの〈炎球〉で叩き落とされた後に、地面を這って逃げたみたいね。距離があったし、直撃してはいなかったみたいね。寸前であいつの魔法……〈浚い風〉で、自身を逃がすことに成功していたみたい。それでも……木に散々全身をぶつけてから、地面に叩きつけられる形になったのは間違いないでしょうけど。あいつは、生きて……逃げてるわ。あの高さから落ちて、根性で這って逃げたのは、敵ながら賞賛ものね」
「すみません、僕のせいで……」
「謝ることじゃないわよ、マルク。あなたのお陰で皆助かったのよ。それに……私がガンドさん達の安否の確認を優先したから、逃げられたの。二手に分かれるべきだったわね」
ロゼッタさんは立ち上がりながら、頭を押さえた。
「あいつ……何か、意図があって私達を襲撃したみたいだった。できれば詳しい目的を吐かせたかったわね」
「ハハハ! ロゼッタ……あの優男なら、マルク君に手も足も出ていなかったじゃないか! 逃げられたところで、恐れるような奴ではないさ」
ギルベインさんが、大きく肩を竦める。
「……あの男、王家の暗殺組織〈神殺しの毒〉の一員だったと自称していたわ。存在が実しやかに噂されているけれど、誰も実態を知らない……おとぎ話のような、伝説の少数精鋭組織よ。仮にあの男の言葉が本当だったのなら、奴は王国内最高クラスの実力者で……そんな彼が加担している、大きな計画があることになるわ」
「で、でまかせに決まっているさ、ハハ、そんな奴がペラペラと身元を明かした上に、マルク君に大敗して泣きべそ掻きながら逃げていくと思うかい?」
「プライドの相当高そうな男だったじゃない。全員殺す自信があったからこそ、身元を明かしたのかもしれないわ。それに、単に古巣が知られることを恐れてはいないのかも……。実力の方も、間違いなくA級以上だったわ。マルクがいなかったら、私達全員殺されていたわよ」
「お、大袈裟で心配性な奴だ……。私は君の、そういったところが嫌いだったよ、ロゼッタ。せっかくの大勝を、どうして喜べない? なぁ、マルク君」
「えっ、ぼ、僕ですか?」
とんでもないところから話が飛び火してきた。
「僕は……えっと、ロゼッタさんのこと、凄く好きですよ。美人で、慎重で思慮深くて……大人の女の人って感じがして、凄く憧れます」
「ありがとう、マルク」
ロゼッタさんが、勝ち誇ったような目でギルベインさんを見る。
「そ、そんな歳でおべっかを覚えたら、ロクな大人にならないぞ、マルク君、なぁ?」
ギルベインさんが僕の肩を叩き、言い聞かせるように顔を覗き込んできた。
「あはは……心配してくださって、ありがとうございます」
「で、随分と調子よくマルクにベタベタしてるけど……彼をE級冒険者として認めるの、認めないの?」
「……フン、確かにマルク君には助けてもらったがね、私はギルド職員として公私は混合しないよ。判断は、あくまで俯瞰的に下させてもらう。彼の主体性や観察力、知識力の低さは……冒険者としてやっていく上で、マイナスだろうと言わざるを得ないねぇ」
ギルベインさんは眉間に皺を寄せて、ロゼッタさんを睨んで口先を尖らせる。
「なんですって? あなた、この期に及んで……!」
ロゼッタが剣の柄に手を触れる。
「お、抑えてください、ロゼッタさん! 僕はいいですから、僕は!」
「ただ……マルク君、君にはそれを補って余る力と……そして、勇気と優しさがある。冒険者としてやって行く上で、それは最も評価されて然るべき点だよ。私の権限を以て、君をE級冒険者として認めよう。ギルド全体で目を掛けるよう……ギルド長にも提言しておくよ」
「ギルベインさん……ありがとうございます!」
「フン、礼なんて不要さ。正しい等級を冒険者に与えるのは、ギルドのため……ひいては、都市のため民のため。私だって、本気でこんな手間暇掛けて、嫌がらせしてやろうなんて思うものか」
ギルベインさんはそう口にした後、ちらりとロゼッタさんの方を見た。
「懐かしい顔を見て少しからかってやろうと思ったのと……マルク君、君が才能に溺れた腑抜けでないかを、直接確かめたかっただけさ。そういう人間が、一番命を落としやすいからね。ついでに冒険者の基礎を口煩く手解きしてやろうかと思っていたが、君にはそれも不要だったらしい」
「ギルベインさん……!」
ちょっと意地悪な人なのかな……と誤解していたが、そういうわけではなかったらしい。
「マルク、騙されちゃ駄目よ。こいつそんな、できた人間じゃないんだから。自分を取り繕うのが好きなだけよ」
ロゼッタさんが、呆れた表情で僕へと口にする。
「レイドって形だけど、君とも久々に冒険を共にできてよかったよ、ロゼッタ。大した戦いはしなかったけどね。僕を切り捨てて、上を目指して世界を旅することを選んだんだ。フン、半端なところでくたばらないでくれたまえよ」
ギルベインさんは、僕達を先導するために先頭に立って、前を見たまま……僕達に顔は見せずに、ロゼッタさんへとそう言った。
「……ああ、そう、そりゃどうも、ギルベイン」
ロゼッタさんはやや照れたように、気まずげに指で頬を掻きながらそう返した。
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