第14話
「久々ですよ、この私と真っ当な戦いになりそうな相手は」
ダルクは目を細めて僕を睨む。
「……私だって、腐っても上級冒険者。そっちの黄金剣と違って、むざむざ引いたりはしないわよ」
ロゼッタさんが僕の横に並び、ダルクへと剣を向けた。
「実力の差に気が付かないとは、愚かしい」
ダルクが両手を前に出す。
左右の手に、ルーン文字が浮かんだ。
『来るぞ、マルク! 触手で防ぐのだ!』
ネロが声を上げる。
「精霊融合!」
僕は袖からネロの青黒い触手を出し、僕とロゼッタさんの前に展開して防壁にした。
風の刃が、触手を鋭く斬りつける。
「大丈夫ですか、ロゼッタさん!」
ロゼッタさんは青い顔をしていた。
「……反応、できなかった。こんな魔法の速さと精度……見たことがないわ」
「仲間を庇いつつ、私の魔法を凌ぎ切るか。なるほどなかなか遊べそうですね」
ダルクは舌舐めずりをし、今度は手許に魔法陣を展開した。
「ですが、これはどうしますか!」
魔法陣は、複数のルーン文字を円状に組み合わせた図形だ。
ダルクの放っていた風の刃や、僕の使っている〈炎球〉は、いわば属性に変換したマナを飛ばすだけの、魔法の初歩である。
魔法陣を用いた魔法こそが、本物の魔法であるといえる。
「風魔法〈嵐王球〉……。暴走させた風のマナを、球状に押し込めたもの……圧縮した小さな嵐そのもの! 一対一で使うには少々過剰な威力ですがね」
ダルクは手を掲げる。
その先に、白い大きな球が現れた。
中ではマナが激しく流動しているのが見える。
ゴウゴウと響く風音が、その場を支配していた。
「フフ、忠告しておいて差し上げましょう。対応を誤れば、お仲間諸共バラバラになりますよ」
「そんな……!」
僕の魔法をぶつけて相殺する……?
いや、まだまだ練度の甘い僕の魔法では、今からダルクの魔法には追い付かない。
「一か八か、触手で抑え込んで……!」
僕が精霊融合の触手を広げて、受け止めようとしたそのときだった。
『あの程度ならば、問題あるまい……。マルクよ、正面から行け』
「え……? う、うん」
僕は広げようとした触手を、そのまま真っ直ぐ放つことにした。
「はぁ……忠告までして差し上げたのに、受け方を誤りましたね。この私の最高の攻撃魔法を、防ぐでも躱すでもなく、正面から打ち破ろうなど。せっかくの玩具でしたが、ここまでですか」
精霊融合の触手は、〈嵐王球〉を貫いて霧散させた。
その反動で、僕とダルクの間で暴風が巻き起こった。
「むぐぅ!? 私の〈嵐王球〉が!?」
ダルクが両腕で、顔の前を覆う。
その勢いのまま、触手はダルクの身体を突き飛ばした。
「あ……本当だ、行けた」
『問題ないと言ったであろう、マルクよ。魔術師や戦士としての経験は相手の方が上ではあるが、マナの出力や精霊の質では、こちらが遥かに勝っておる。力勝負となれば、まず遅れを取ることはない』
ネロが得意げにそう口にする。
「……マナの出力や精霊の質では、勝っているだと? 私はかつて、王家の暗殺組織……〈神殺しの毒〉の一員でもあった男だぞ。その私が子供に劣るなど、そのような侮辱を……!」
ダルクが目を見開き、血走った目で僕を睨む。
「よ、よし、圧している! マルク君の圧倒じゃないか! いいぞ、そのままやってくれ! ハハハ、なんだ、思ったより大した奴じゃないじゃないか!」
「あん?」
ダルクはギルベインさんを、元の優しげな顔付きからは想像もできない、鬼の形相で睨みつけた。
ギルベインさんは静かに口を閉じて、横にいた冒険者を盾にするように、そっと彼の背後へと回る。
「……柄にもなく、少々興奮してしまいました。あんな三流相手に激情を覚えてしまうなど、ふぅ」
ダルクは自身を諫めるように、トントンと額を指先で叩く。
「認めましょう、確かに単純な力では、この私が劣っている。信じ難いことだが、それもまた事実。ですが……〈浚い風〉!」
ダルクを中心に魔法陣が展開される。
風が彼の身体を運び、その姿を消した。
「消えた……逃げたのか!?」
ギルベインさんが大きな声でそう口にする。
「いちいち癪に障る御方ですね……上ですよ」
ダルクは高い、木の枝の上に腰を掛けていた。
「ここであれば……触手は自重で、どうしたって遅くなる。加えて動きも一方向的で、単調なものになる。おっと、だからって逃げようとは思わないでくださいよ、少年。あなたが逃げれば……そのときは、一人ずつ、他の人間から始末していきます」
ダルクが邪悪な笑みを浮かべる。
「決闘を申し出ておきながら、敗戦が見えれば人質だと……! なんて卑劣な!」
ギルベインさんが、ダルクを指で差して非難する。
ダルクはギルベインさんへと視線さえ返さなかったものの、苛立ったように自身のこめかみを叩いていた。
「落ち着け……落ち着け、ダルク。あのような、三流の愚者に惑わされるな」
確かに上空に逃げられれば、触手での攻撃はどうしても単調で遅いものになる。
あの〈浚い風〉の魔法で枝から枝を飛び回られれば、触手ではとても捉えきれない。
その間に技量で勝るダルクが魔法攻撃を放ってくれば、かなり苦しい戦いになるだろう。
しかし、手はある。
広範囲の魔法攻撃を撃ち出せば、どうしても大回りで回避せざるを得ないはずだ。
ダルクの策は、僕が精霊融合でしか戦わないことを前提に成り立っている。
その隙を突けるかもしれない。
僕は手許にルーン文字を浮かべた。
そのとき、ダルクが微かに笑ったように見えた。
『待て……マルクよ、何かがおかしい! この男は、そなたの魔法攻撃を目視で確認していたはず! これは罠である!』
「〈炎球〉!」
僕はマナを注いで膨らませた〈炎球〉を、ダルク目掛けて頭上へと撃ち出した。
「フフ、やはり子供……それも素直な、とてもいい子だ。称賛するよ、少年。確かに君と正面から戦っていれば、私はここで敗れていただろう」
ダルクは指を鳴らした。
彼を中心に、魔法陣が展開される。
「風魔法〈悪意の逆風〉」
風の障壁が展開され、ダルクを包み込む。
「あ、あれは……?」
風の壁が、僕の炎球を表面で受け止める。
ダルクはそれを見てフッと笑い、静かに目を閉じた。
「さようなら、少年。幼く散った……英雄の卵に、手向けを」
炎球はそのまま、数秒程、風の障壁と競り合っていた。
ダルクがパチリと目を開く。
「……あれ?」
ダルクの顔は、やや引き攣っていた。
「魔術式を何か間違えのか? いや、そんなはずが……」
『万物を返す、精霊の魔鏡……! 奴め、あんな魔法まで扱えたのか! マルクよ、これは不味……』
そのとき、僕の放った〈炎球〉が宙で爆ぜた。
周辺にあった木の上部が、その爆炎に包まれて木っ端微塵になる。
「おぶがぁあああっ!」
ダルクの悲鳴が森に響き渡った。
『不味……くはなかったか。直撃こそせんかったが、奴のマナでは、とても受けきれんかったようであるな』
ネロが安堵したようにそう口にした。
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【作者からのお願い】
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