第7話

「その犬……精霊みたいね」


 ネロのことをどう説明するべきなのかと悩んでいると、女剣士がそう口にした。


「契約者だったのですね! いやぁ、本当に助けられましたよ、少年!」


 馬車の御者だった男が、僕へとそう声を掛けてきた。

 二十代中頃だろうか?

 ややぼさっとした、くすんだ銀髪をしており、片眼鏡を掛けている。


「いやぁ、命拾いしました。俺は行商人の、ハインスといいます。そっちの御方が、護衛のために雇った冒険者のロゼッタさんです。結構有名な、お強い方なんですよ! 今回はその、散々でしたけど、へへへ」


 女剣士……ロゼッタさんは、ハインスさんにそう紹介されて、彼をギロリと睨んでいた。


「僕はマルクで、こっちが精霊のネロです。……あの契約者って、一般的なんですか?」


「おかしなことを聞きますね、マルク少年。大半の冒険者は、何かしら契約精霊を有しているものですよ。ロゼッタさんも契約者ですからね。俺は持ってませんが、生活の補佐や……或いは愛玩、話し相手として、下級精霊と契約している方もいらっしゃいます」


「そうなんですね……。あまり村から、出たことがなかったもので」


「なんと、それだけお強いのに、勿体ない……!」


 ハインスさんは目を瞬かせ、大袈裟な仕草で驚く。


「……強い、なんてものじゃないわよ。村から出たばかりの子供が、ロック鳥を圧倒するなんて……本当に普通じゃないわ。ちょっと自信失くすわね」


 ロゼッタさんが恐々と、ネロへと顔を近づける。


『マルクが弱いわけがなかろう。なにせ、この我の契約者であるからな』


 ネロが得意げにそう答える。


 その後、ロゼッタさん、ハインスさんと話をして、行き先が特に決まっていないことを伝えると、彼らの馬車で都市ベインブルクまで連れて行ってもらえることになった。

 この周囲で最も発展している都市らしい。


「そのロック鳥……討伐の証明として頭部だけでも都市まで持っていけば、高額で引き取ってもらえるはずですよ。馬車で運んで差し上げましょう、マルク少年」


 ハインスさんがそう提案してくれた。


「ありがとうございます。では、お願いします」


「本当は身体全体を持っていきたいところですが、俺の馬車ではちょっと無理ですね。んん、勿体ない」


 ハインスさんが苦笑しながら、ロック鳥の亡骸を眺める。

 それからポンと手を打った。


「そうだ、新人の旅人君にとっておきの魔道具があるんですよ! ……ちょっと値が張るものですが、君は命の恩人ですからね」


 ハインスさんはそう言いながら、馬車の荷台を漁る。


「マルク少年、これを差し上げましょう。命を助けていただいたことに対する、俺からのお礼です。〈亜空の指輪〉というものでしてね」


 ハインスさんが出してくれたのは、紫色の光を帯びた宝石の付いた指輪だった。


「いいんですか? こんな、高そうなもの……」


「ふっふ、いい商人は、恩には報いるものですよ。指輪にマナを込めれば、自在に物を収納して持ち運びのできる、異空間を開くことができるんです」


 おお、凄く便利そうだ。

 そんなものを、こんな気軽にもらってしまっていいのだろうか?


「一般にこの魔法技術は〈亜空収納〉と呼ばれています。まぁ、予備の武器を入れておける程度のものですが、あるとないでは全然違いますよ」


 早速〈亜空の指輪〉を指につけてから、試しにマナを込めてみることにした。

 指輪が輝き、光が渦を巻く。


 ……軽くマナを込めただけだったのだが、光の渦は一気に広がっていき、直径三メートル近くの円になった。


「ロック鳥の肉は高く売れるでしょうから、入るだけでも亡骸の一部なり入れておくと……なんですか、その大きさ?」


 ハインスさんが、若干引き攣った顔で、僕の展開した〈亜空収納〉を見つめる。


「……普通は、手許に小さな渦が生じる程度なんですがね。使用者のマナによって大きさが変わるとは聞いていましたが、これ程までとは。入口だけでこの大きさでしたら、ロック鳥の全身が入ってしまいますよ。俺と行商人をやりませんか、マルク少年? 横に立って〈亜空収納〉を開いてもらうだけで、ひと財産作れちゃいますよ」


「私の知ってる〈亜空収納〉の規模じゃない……」


 ロゼッタさんも目を見開いていた。


「あ、あはははは……」


 僕は苦笑いをして誤魔化した。

 ……薄っすらと気づいてはいたが、ネロと契約したことで、僕のマナがとんでもなく強大なものになってしまっているようだった。


 僕にこのマナを制御しきれるのだろうか?

 とにかく、余程のことがない限りは、控えめにマナを使うようにしておいた方がよさそうだ。

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