第3話
長く話し込む間に、僕とネロはすっかり打ち解けていた。
『あ、悪魔の子として、村から人里から離されておっただと!? その挙げ句に、生贄として送り込んでくるとは、なんという……!』
ネロは僕の生い立ちを聞いて憤り、ブンブンと激しく尾を振っていた。
『交信で脅しを掛けて、厳しく言っておいてやる!』
「……また誤解を招くことになるよ?」
『む、むぐぅ』
そもそもネロが百年前に待ち惚けをくらってすっぽかされて、交信で駄々を捏ねたのが誤って伝わったのだが、生贄騒動の発端のようなのだから。
ネロが軽い気持ちで脅しを掛ければ、百年続く恐怖に繋がりかねない。
それに、別に僕は、あの村に対して恨みなど抱いていない。
村の調和を尊重し、長老様が泣く泣く至った答えであったのだ。
誰も悪くはない。
……強いていえば、ネロの外見が、ちょっと怖すぎるのが悪かったのかもしれない。
『しかし、大賢者の先祖返りを、悪魔の子扱いとは……』
「……大賢者の先祖返り?」
『元々、そなたらの集落は、王家が我と交信するために築いたもの……。建国の英雄の一人である大賢者を長として置き、マナの高い者を集わせておった。マナに満ちたその白き髪は、大賢者の特徴であったと聞いておる』
……知らなかった。
村では災禍の予兆だといわれていたのに。
本当に四百年の間に、伝承が歪みまくってしまっているようだ。
『それから……これも言っておかねばな。マルク、現界と我の領域が近づいておるのは、星辰が変わるまでの間……七日間だけなのだ。それまでには必ず帰らねばならん』
どうせ知らんかったのだろう、とネロが口にする。
初めてできた友達だったのに、たったの七日しか一緒にいられないのか……。
それに……この期間を過ぎれば、ネロはまた百年間、孤独に生き続けなければならない。
少し目を瞑り、僕は考えた。
「それって、帰れなくなるだけなんだよね。だったら……僕、ここに残るよ」
『なっ、なんであると!? 馬鹿なことを言うでない!』
「後悔しないよ。だってネロは、初めてできた友達だから」
『気持ちは嬉しいが……それはできんのだ。我らの領域……精霊界は、ニンゲンにとっては不自然な空間。ニンゲンらにとっては、この空間そのものが毒となる。己のマナの弱い者は、半日も経てば息が苦しくなる。遣いのニンゲンは強いマナを持つニンゲンが選ばれていたが、それでもせいぜい三日、四日が限界であった』
つまり……ここの出口が閉じるまで残ったとしても、数日の内にこの空間そのものに蝕まれて命を落としてしまうだけだ、ということらしい。
マナの量が多い人間を生贄に選定する……という決まりは、これに由来するものであったらしい。
白い髪が縁起が悪いというのも、生贄に送り出すための方便としてできたものだったのかもしれない。
僕ががっくりと肩を落としていると、ネロが『ふむ……』と声を漏らした。
『いや……もしかしたら、大賢者の先祖返りであるマルクならば、我と精霊契約を結ぶことができるかもしれん……』
「精霊契約……?」
『いうなれば、ニンゲンを我ら精霊の通り道とする儀式である。そなたが契約者となってくれるのならば、星辰に関係なく、我はそなたらの世界……現界に干渉できるようになる』
「それをしたら、ネロは寂しくなくなる?」
『うむ、うむ! 半ば諦めてはおったが、我の悲願でもあったのだ!』
ネロは興奮気味に、尾を左右へと激しく振った。
『……ただ、問題がある。我の力が膨大過ぎるが故……マナの総量の多いニンゲンでなければ、契約を結ぶことさえままならんのだ。大賢者の先祖返りであるマルクであれば、素養は充分であるはずだ。しかし、マナとは精神と肉体の成長に伴って強化されていくもの。今のマルクでは、我と精霊契約を結ぶことはできんのだ』
「じゃあ、結局できないの……?」
『いや、方法はある! 我が七日の間に、マルクの潜在能力を引き出せばよいのだ! そうすれば我と精霊契約を結ぶことも可能なはずである! 無論、たったの七日でどこまでできるのかはわからんし……過酷な修行になるであろう。そなたにも、苦しい想いをさせることになるかもしれんが……』
「やるよ! ネロと離れなくても済むかもしれないなら、僕、なんだって耐えてみせる!」
こうして、星辰が変わり、現界とネロの領域の通り道が閉ざされるまでの七日間……僕は修行を付けてもらうことになった。
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