第837話 集落の異変(11)

 目の前に現れた得体の知れない集団を見渡しながらも岩本警視正は、必死に考える。


「(どういうことだ? 何が起きている?)」


 声に出すことはしないが、岩本警視正は必至に現状を把握しようと思考しつつ、菊池村長や、その背後の森の中から姿を現した一段から、無意識的に距離を取るようにして後退する。

 ジャリと言う音と共に、少しずつであったが確実に自身が下がっている事に気がついた岩本の表情が強張る。


「(私は何をしている? 恐怖しているのか?)」


 そう自問自答しながら、「だが、たしかに理解できないことが起きている」と、岩本は認めることにする。

 それは一次的とは言え、順風満帆であり、如何なる時でも自分の思い通りに事を進めてくることが出来た岩本にとっては靴所行く意外の何物でもなかった。

 そこまで割り切ると岩本は踵を返すと菊池村長から見て反対側、岩本が下がった方向――、急斜面の手つかずの岩肌を転げるようにして降りていく。

 そんな様子を見ていた菊池村長はゆっくりとした足取りで岩本警視正が落ちて言った崖の下を見る。


「まさか、逃げを選択するとは――」


 菊池村長は、崖から下ったあと立ち上がり走り去っていき小さくなっていく岩本の後ろ姿を見て驚嘆した。

 プライドの高い人間だからと逃亡する可能性は低いと考えていたからこそ、最後に処分することを考えていたからであった。

 それに、逃げる方向を不死者で封じていたからこそ完全に油断していたというのも大きい。


「さて、どうしたものか……」


 菊池が命じられていたのは、この島に来る人間全ての抹殺。


「儂が逃がした警察官の娘と、その一行は問題ないと思うが……」


 少なくとも欲に目が眩んで人の道を外れたような人間ではないという事は、菊池から見てもわかっていた。

 だからこそ、彼は竜道寺を島から逃がすように手筈を整えたのだが――。

 そこまで菊池が思考したところで


「これは――」


 そう戸惑った声色で一人の男子学生――、峯山純也が上から降り立った。

 正確に言うのであるのならば式神に乗って移動してきた純也が、身体強化をした上で怪我をしない高度から式神から飛び降りたと言った方が正しくはあった。

 純也は周囲を見渡したあと、


「岩本警視正は無事か……。それにしても……何故、このような場所に死鬼が……」


 そう戸惑いながらも純也の視線は初対面の菊池村長から離れることはない。


「(まだ、どういう状況に島が陥っているのか分からない。でも……)」


 純也の霊視眼は、目の前に居る人物の存在状況を的確に視て把握する。

 それは人ではありえない程、濁った魂の色をしており、およそ島で起きてる現象を無関係と切り離すことはできないことであった。


「(この人も何かしら関係あるよな……。岩本警視正も逃げてるし、俺にこの場所をどうやって納めろと……でも、やらないと駄目なんだよな)」


 そう思考したあと、純也は口を開く。


「初めまして、話が通じる魂を持つ存在として認識した上で挨拶をします」


 その純也の言葉に、菊池村長の眉が動く。


「失礼ですが、今回の騒動を起こしているのは貴方ですか? ご老人」

「名前を名乗らずか……」

「申し訳ありませんが、物の怪を類に対して名を伝えるのは呪術や呪い、霊的な問題に使われることがありますので」

「なるほどのう」

「(やはり話が通じるのか……。でも、存在が不安定すぎるのは――。それに、住良木さんから教えられたら死鬼類は話が通じる場合は大元か、操られている場合は、かなりの大物がいるって言っていたけど……)」

「お主は、あの娘の知り合いかの?」

「娘? 竜道寺さんのことですか?」

「なるほど。あの娘の知り合いということか。だが――」


 菊池村長は、深く溜息をつく。


「あの娘は、島から脱出しているのであろう? 何故に、それに付いていかなかった? もうサイは投げられたというのに」


 意味深な物言いに純也は、目の前の死鬼が何かを知っているのかという疑念を確信へと変え「(竜道寺さんに島から離れるように伝えたってことは、今、島で起きてる問題に関わらせたくなかったってことか? でも、何故――)」と思考しつつも、 


「どういうことですか?」

「もう遅いということじゃ」


 答える必要もないとばかりに菊池村長が腕を上げたあと振り下ろす。

 途端に、菊池村長の後ろに控えていた23体の死鬼が純也に向けて走り出す。

 

「殺すから説明する必要もないということですか。俺としては、戦いたくないんですが!」

「……」


 無言で純也の方を見る菊池に対して純也は、


「前鬼!」

「了解した」


 式神の名前を大声で叫ぶと共に、空で待機していた前鬼が菊池と純也の間に落下し爆音と砂塵を巻き上げながら降り立ち、純也に向けて殺到してきていた死鬼たちを殴り飛ばした。


  


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