第808話 黄金に魅入られた者たち(5)

 夜の帳が神堕ち島に落ち、村に所々に点在していた明かりも消えていく。

 そんな光景を、女性用ということで一人部屋に通された竜道寺は、静かに旅館の2階から見下ろしていた。


「普通の島には見えるけど……、どこか府に落ちないんだよね……」


 すぐに行動できるようにと婦警の恰好を着崩さないまま島の集落を見ていた竜道寺の部屋の襖がコンコンと軽くノックされる。


「はい」


 通路と襖一枚で隔たれている向こう側へ意識を向けて鈴の音が鳴るような澄んだ声色を呟く竜道寺。

 そんな竜道寺の視線の中で、襖が開く。


「菊池村長、どうかしましたか?」


 襖の向こう側には、菊池村長が居り――、


「どうですか? 浴衣は――」

「あ……すいません。少し疲れてしまっていて、制服を着たまま休んでいました」

「そうですか……。浴衣を部屋に用意してありますので、是非にご利用ください。あとは、露天風呂もございますので」

「あ、はい。ありがとうございます」


 ニコリと竜道寺は微笑む。

 

「――ッ! り、竜道寺さんは、他の方とは違うのですね」

「え?」

「できれば、明日の朝――、日が昇ると同時に島から出てください」

「どういう――」

「儂には、これ以上は言えません。ただ、竜道寺さんは警察官としてあるべき姿を有していると儂らは信じておりますので」

「あ、ありがとうございます」

「あと、もし島から出られるようでしたら、桟橋の方々も一緒に行かれるのでしたら、日が昇っている内に出てください。それほど時間は残されておりませんので」

「どういうことですか?」


 老人の話が、まるで島から脱出するようにと語っているように見えて竜道寺は思わず聞き返すが、


「儂らには時間がありません。島から出るまでの時間もありません。日が昇ると同時に島から出ることがいいでしょう」

「……分かりました。でも、岩本警視正にも」

「あれは、駄目です」

「駄目とは?」

「とにかく、岩本警視正と取り巻きには知らせないでください。あなたのような若者を巻き込むことは島民の誰も求めていませんから」


 岩本警視正については、まるで助ける必要はないとばかりに語る菊池村長の言葉に、疑問を抱きながらも竜道寺はとりあえず頷く。


「竜道寺さん。貴女の今後を――貴女の展望を願っております」


 菊池村長は、それだけ言うと、襖を閉める。

 そして、襖の向こう側――、通路を歩いて去っていく気配を感じながら竜道寺は唇に人差指を当てながら思考する。


「一度、風祭警視や峯山君に相談しにいくしかないか」


 そう一人呟きながら、腕時計を確認する。

 日が昇るまで4時間少し。


「時間はないよね」


 竜道寺は、日の出時間を計算した上で、パンプスを履いたあと旅館の窓から屋根へと移動する。

 そして身体強化を行った上で屋根伝いに桟橋へと走り始めた。



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