第807話 黄金に魅入られた者たち(4)

 島民からの歓待を公民館で受けたあと、案内されたのは趣のある宿であった。

 ホテルではなく、民宿と言った感じであり、昭和初期の宿――、裸電球で明かりを取っているような形をした宿であった。


「こちらが、本日、皆さまに宿泊して頂くために手配して頂いた宿となります」


 村長の菊池は、岩本警視正を宿まで案内したところで、言葉を紡ぐ。

 

「これは……」


 公民館の時もそうであったが、文明レベルが昭和初期で停まっているような形に、酒と食事で歓待を受けて機嫌を良くしていた岩本警視正の表情が曇るが、彼はすぐに表情を作ると――、


「随分と、年期が入って――、こほん。――いや、歴史を感じさせる建物ですね」

「お恥ずかしい。外と連絡が取れなくなって数日かと思っていましたが、まさか数十年という時の差が発生していたとは――。これでも、島ではもっともいい宿なのですが」

「いやいや、こちらの考えを押し付けたりはしませんよ。気持ちよく歓待してくれたのですから」

「それは良かったです。本日は、こちらの宿で休んでください。朝になりましたら炭鉱に案内しますので」

「宜しくお願いします」


 岩本警視正の低姿勢の様子。

 そして村長とのやりとりに出てくる炭鉱までの案内。

 その事に疑問を抱く竜道寺。


「岩本警視正」

「何だね? 竜道寺さん」

「一度、桟橋に戻って風祭さん達と今後のことを話し合いたいと思うのですが」

「その必要はないだろう」

「え?」

「ここの現場指揮権を有しているのは私だと言っただろう? それに彼らのは二流大学卒だ。一流大学を卒業している私や竜道寺さんのようなエリートとは、思考レベルが違う。劣った人間に相談するなぞ時間の無駄使いのナニモノでもない。そうだろう? 竜道寺さん」

「同じ警察官として、その物言いは問題かと思いますが……」

「やれやれ。頭の悪い人種と話をしても時間の無駄だという事がどうも君には理解できないようだね」

「その言い方は――」


 竜道寺は、岩本警視正の発言に声を上げようとするが――、


「まぁまぁ、岩本様。ここは、この菊池の顔に免じてください。明日には、ご希望の場所まで案内しますから」

「ふん! まったく! これだから女は!」


 村長の言葉に、菊池は地面に唾を吐くと、「いくぞ!」と、考古学チームの人たちを連れて宿の中へと入っていく。

 その様子に竜道寺は溜息をつく。

 そして一人残された竜道寺は、明日のことで予定が変わったと連絡を取るために携帯電話を取り出す。


「あれ? 携帯の電波が――」


 何度かスマートフォンを振っても、まったく電波を受信しないことに竜道寺は不思議がり


「まぁ、ここは通信設備がないみたいだから、仕方ないのかもしれない」


 そう結論づける。

 そして、その頃、部屋に通された岩本警視正は、10畳ほどの畳の部屋に布団が敷かれているのを確認したあと、窓側へと移動し、懐からトランシーバーを取り出す。

 

「私だ。聞こえているか?」


 トランシーバーの電源をONにしたあと、岩本警視正は言葉を紡ぐ。

 すると、すぐに反応がある。


「はい。岩本の旦那」

「すでに島には上陸しているのか?」

「もちろんです」

「そうか。ここの島の住民だが、不自然なことが多すぎる。島民を何人か拉致し拷問してでも状況を聞き出せ」

「わかりやした。それと、おじきから金の流通について一度、大阪威信会の代表と話し合いの場を設けて欲しいとのことです」

「ふん、分かった。それよりも島民には気づかれないように動けよ?」

「分かっておりやす」

「ところで、何人ほど来てるんだ?」

「山本組からは150人です。全員が小銃で武装しておりますので、SATを皆殺しに出来る武装はあります」

「そうか。明日の状況によっては、SATと島民を全員処分することになる。心して動いてくれ」

「分かっておりやす。上海キングスの連中との抗争も控えておりますから」

「そっちが本命か」

「もちろんです。では、すぐに情報収集に動きます」

「ああ。くれぐれも内密にな」

「分かっておりやす」


 トランシーバーの電源を切った岩本警視正は、障子を小さく開けると目を細めて外を見る。


「どう考えても時代錯誤も甚だしい。まるで昭和時代にタイムスリップしてきたような感覚。そもそも外部から来た人間をあれほど歓待するなど明らかに異常だ。島民の連中は自分達の失態を理解していないようだが……」


 口角を上げる岩本は、「まぁ、往々にして低能というのは、自分達の行いこそが不自然だという事に気が付かないモノよ」と、一人呟いた。


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