第806話 黄金に魅入られた者たち(3)

「――いやいや、随分と豪快ですな。かなりの酒豪と見受けられますが――」


 目を細めた白髭の菊池老人が、笑みを浮かべて竜道寺の方を見る。

 微笑みは浮かべてはいたが、その老人の目は笑ってはいない。


「いえいえ。かなり美味しいお酒でしたので。つい――」

「そうでしたか。たくさんありますので、どうぞ好きなだけ飲んでください」

「ありがとうございます。それよりも――」


 会釈をしながら立ち上がる竜道寺。

 その手には、徳利を手にしていて――、


「まずは、私からお酒を注がせていただきます(私には無効化できるけど、まずは同行している人たちの飲食は無効化するように動く必要があるかな?)」


 竜道寺は、心の中で呟きながら胸元に隠しているペンダントに向けて小さく『浄化のナノマシン』と呟く。

 途端に、桂木優斗が作り出した腕輪にもペンダントに変化する高密度のアーティファクトが震える。

 そして竜道寺の体を通して、とっくりに青白い雷光が一瞬だけ――、人の目では捉えきれないほどの刹那の時間、纏わりつくと共に徳利内部の酒モドキがナノマシンの液体へと変化する。


「岩本警視正、お酒を注がせてもらいます」

「別にいいぞ?」

「いえいえ。今回の指揮をしているのは岩本警視正ですから」

「まぁ、竜道寺がそういうのなら、注いでもらうとするか」


 気分を良くしていた岩本警視正がおちょこを差し出す。

 そのおちょこにナノマシンの集合体である液体を竜道寺は徳利から注ぐ。

 続いて、島に同行していた地質考古学者チームにも竜道寺はナノマシン型の酒という液体を注いでいく。

 全員が飲んだのを確認したあと、竜道寺は目を一度閉じてから開く。

 理由は、岩本警視正を含んだ考古学者チームの体内に浄化のナノマシンが無事に摂取されたのか見るためであった。


「どうかしたのか?」


 岩本警視正が、動きを一瞬停めた竜道寺に向けて声をかける。


「いえ。少し酔ってしまったようです(ちゃんと接種できたみたいね)」

「そうか」

「はい。岩本警視正、今日はこれからどうしますか?」

「そうだな……」


 どうしようかと岩本警視正は考えるが――、


「お上の皆様には床も用意しておりますから。桟橋の方々も一緒に泊まれるように致しましょう。ですから――」

「ああ、大丈夫だ。やつらは本土との連絡が必要だからな。それに俺や竜道寺とは違うノンキャリア組だ」

「そうは言っても、島に来られた方々の一部だけを優遇するというのは島を預かっている長の私としても――」

「私が良いと言ったのだから問題ない。そうであろう? ご老体」

「……わ、分かりました」


 笑みを浮かべたまま菊池老人は、引き下がるが一瞬だけ表情に変化が生じる。

 眉間に皺を一瞬だけ作るという変化が。


「竜道寺さん。君は、どうするのかね?」

「えっと、桟橋の方には風祭警視がいますから」

「そうか。菊池さん」

「何でしょうか?」

「彼女は女性だ。私たちとは別の部屋を用意してもらえないか?」

「もちろんです」

「何だか、女性扱いされることに私は慣れないけど……普通は、こんなものだよね……」


 桂木優斗に修行をつけられていた期間は3日。

 ただし、その3日間は1万年以上が経過するほどの濃密な時間であり、女性扱いどころか人間扱いすらされていない修行の期間だったこともあり、竜道寺の感覚は少しだけ普通とはかけ離れていた。


 


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