第793話 島上陸(3)

「――あ、ありえない……。先ほどまでは何もなかった場所に島が……。こ、こんなことがあるわけが……」

「岩本警視正。――岩本警視正……岩本警視正!」

「はっ!」


 ハッ! とした岩本警視正が、狼狽したかと思うと狼狽えながら周囲を見渡す。

 岩本警視正に話しかけていたのは、海上保安部の人間であった。


「岩本警視正、上陸の許可を」

「そ、そうだな……」


 まだ混乱しているのか話し方が乱れたまま岩本警視正は、海上保安部の男にせっつかれる形になったが、


「――それでは上陸の準備を始める! 陰陽庁と、神社庁の巫女服を着た女が乗った船は、洋上に待機するように!」


 大声で、そう怒鳴った岩本警視正。

 自らの先ほどの失態を覆い隠すような行動であったが、誰しもが目の前に唐突に表れた島に対して警戒していた事もあり言及するような事はなかった。

 島が近づいてくる。


「おかしい」


 まず最初に気が付いたのは峯山純也であった。


「どうかしましたか?」


 一人小さく呟いた純也の言葉は、波打ちと船の駆動音から殆ど聞き取ることは出来なかったが、乗船していた人間で唯一、聞き咎めた人物がいた。

 それは、身体強化を常時行えるほどに鍛え上げられた竜道寺であった。

 常時の身体強化と言っても常人の3倍程度の身体能力に抑え込んでいることから、そこまで馬鹿げた常人離れした力を発揮するほどのモノではあなかったが。


「聞こえたんですか」


 竜道寺から話しかけられた純也は、少し驚きながらも頷き返し言葉を紡ぐ。


「人の気配が一切しません」

「それは私も感じていますが……」


 竜道寺の現在の視力は10近い。

 すでに竜道寺の視界には、向かっている先の島の港が鮮明に映り込んでいた。

 その視界の中には人の姿どころか動物の姿すら見て取れない。


「そういうわけでは――。人が発する霊気――、オーラが見えないので……」

「オーラですか……」


 竜道寺の感嘆とし驚いた表情に頷き返しながら、純也は話を続ける。


「人が触ったものは器物であってもしばらくは霊気の痕跡を見て取ることが出来るんですが、それが見えないので……」

「そうなのですか? 私には、そういう力はないので――」


 桂木優斗が教えたのは、あくまでも現代科学を基礎を基盤とした化学の行き着く先であって、そこには魔力や霊力など不確定要素たるモノは含まれてはいない。

 よって、竜道寺が感知することが出来るのは、あくまでも物理的現象に限られてしまう。

 だからこそ、竜道寺と峯山純也の間に島に対して感じる印象が大きく異なった。


「そうなんですか? 神格を有しているのに――」

「私には、そういうのは良くわからないので」

「分からないですか。そういえば竜道寺さんって、優斗の部下という話は聞きましたけど、それだけの力を持っていてどうして部下に? もしかして陰陽庁の人だったり?」

「元々は警察庁所属です」

「つまり最初は警察官だったという事ですか?」

「そうなります」


 竜道寺と会話をしていた純也はますます分からないと言った表情をする。

 普通の人間には決して手に入れることが出来ない神格。

 それを有している以上、天然モノと呼ばれる先天的に――、生まれた時から霊的な才能に恵まれている必要があるから。


「(優斗の部下って聞いたけど、どういう繋がりなのか……)」


 純也は純也で竜道寺を警戒する。

 

「そこまで注視深くしなくていいです。私は、桂木警視監の部下ですから」

 

 年の功というのか純也の纏った空気を敏感に感じ取った竜道寺は純也からの疑念を払しょくするかのような行動を取る。


「そうですか」



  

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