第777話 伊邪那美とパンドーラとの会話 第三者Side

 空が薄っすらと明るくなってきたところで、ビルの屋上で風にあたっていた黒髪の美女は、屋上に上がってきた女性へ視線を向けた。


「伊邪那美様。こんな朝早くから、どうしたのですか?」


 そう語りかけたのは金髪碧眼の美女であった。

 

「少し早く起きただけじゃ。いつもは、あのモノが妾を呼びに来ておったからの。昨日は、それがなかったから気にはなっておったのじゃが」

「そういえば、そうですね。何かあったのでしょうか?」

「かなり大きな動きがあったようじゃな。黄泉の国は大盛況のようじゃ」

「黄泉とは、私の国でいうところの冥府と言ったところでしょうか?」

「それに近い」

「そうですか……。ですが、それですと伊邪那美様は、仕事が増えますね」

「そうじゃな。80年前は、かなりの人間が来ておったな」

「80年前?」

「もう過ぎたことじゃ」

「そうですか……。それにしても、あの男――、女性になった竜道寺という人間は、かなり強くなっていますが、短い期間で強くなったわけではないのですよね?」

「うむ。すでに数万年の修練を積んでおる」

「数万年……」


 伊邪那美の、言葉に眉間に皺を寄せたパンドーラ。


「人間が、それだけの時間、狂わずに生きていけるとは驚嘆に値します」

「それに関しては、あの男――、桂木優斗が上手く修行をつけておる」

「そうなのですか?」

「うむ。戦闘記憶だけを夢と言う形で記憶領域に刻み込みつつ、肉体に直接、体験を叩きこんでいる。だからこそ、長い期間でも魂と人格が破綻せずに、何とか人の心を保ったまま数万年という時間、修行に費やすことが出来ておる」

「それは、恐ろしいことですね」

「うむ。だが――」


 白みがかってきた空。

 日が昇りつつあった暗闇の空は、徐々に夜の帳が――、闇夜のベールが薄くなっていく。

 そんな空を見ながら、目を細める伊邪那美命。

 その表情に、どんな胸中が含まれているのかパンドーラには、その表情を見ることが出来なかったことから分かるはずもなく――、


「それにしても、桂木優斗という少年は、一体、どういう存在なのでしょうか? パンドラの箱を解析して、その力を意のままに操るなんて、普通では考えられません。どう考えても、主神でも自由に使えなかったというのに……」

「ただの人間じゃよ」

「ただの……人間……ですか? そうは見えませんが……。どう見ても化け物としか……。理解不能な化け物としか……」


 パンドーラの言葉に、伊邪那美は悲しそうな表情をする。


「あの男は――、あの少年は――、誰よりも優しく――、だからこそ生贄として選ばれてしまったんじゃ」

「誰よりも?」

「パンドーラ、お主には見えないか?」

「え?」

「本来ならば、神々が守らねばならない人間が輪廻の輪から外れていることが」

「ですが、彼は神々よりも遥かに強い力を有していますよね? それに、どこから見ても弱々しいという印象はまったく受けませんが……。だって、数万年も竜道寺という存在に修行を付けたということは、彼も数万年という時間の経過に耐えられるだけの手法を有しているということですよね?」


 そのパンドーラの言葉に、


「(あれは、そう言ったモノじゃない。無数の少年の意識を、あの子の深層心理に見ることが出来た。それは――)」


 心の中で伊邪那美は心の中で吐露したところで、


「本当に何も出来ない――、見守ることしかできない。力を――、見守ることしかできないというのは、どれだけ厳しいことか」

「ですが、私たちは十分に彼に力を貸しています」

「あのモノが力を分け与えていてくれるからこそじゃろう? それだけの力を、どうやって得たのか……、それを考えてみれば肩入れくらいはしたくはなるものじゃ」

「だから、伊邪那美様は桂木優斗という存在に力を貸しているのですか?」

「妾だけではない。全ての八百万の神々は、それが理解できたからこそ力を貸すことにしたんじゃよ。――さて、パンドーラ、幸太郎に伝えておいてくれるか? 少しばかり黄泉の国に戻ると」

「それは、黄泉の国ですることがあると?」

「先ほど、部下の鬼が来て人手が足りないと言ってきたからのう。地上は、面白おかしくはあるし、愛しの幸太郎も居るが、黄泉の国の女王としての仕事もせんとな」

「……分かりました。そう伝えておきます。それで、どのくらいで?」

「一週間もあれば戻れる」


 伊邪那美は、笑みを浮かべると空気に溶け込むようにして姿を消した。


 




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