第776話 人類余命人数 第三者Side
――日本国首相官邸の閣議室、今、そこは戦場と化していた。
多くの閣僚や政治家が朝方から集まってきており、様々な国々の機密情報が日本在住の外国大使館から届いていた。
「夏目総理」
閣議室には、第99代日本国総理大臣である夏目一元と、その彼が閣僚に抜擢した大臣たちが集まっており、誰もが憔悴しきった表情をしていた。
「どうした?」
首相官邸の閣議室に駆け込んできた事務次官に、夏目総理は視線を向け声をかけた。
「UAEの王族が全員殺されたと情報が……」
「アラブ首長国連邦の?」
「はい。昨晩、全員が殺されていたと報告が上がってきました。それと、アフリカの大富豪も軒並み――」
「……」
事務次官の言葉に思わずしかめた表情をする夏目一元。
「(いつか行うと思っていたが、随分と大きく動いてくれたものだ)」
表情には、非常に困ったという顔色をしながらも、腹の底では大きく事態が動いたことに夏目一元は、心の中では笑みを浮かべていた。
「(散々、日本人を食い物にしてきたのだ。この程度でも足りないくらいだ)」
夏目首相は、手にしていた書類に目を落とす。
そこには、各国の金持ちや権力者などの名前が羅列されている。
それが全て皆殺しにされている。
それも一晩の間に。
どんな警備を敷こうとも、傭兵を雇おうとも、軍隊を動員しようとも、近代兵器を用意しようとも、その全てが無効化され破壊され、殺されている。
「(しかし、まあ……本来であるのなら、これだけしたのなら、日本に対して宣戦布告をしてくる国があってもおかしくはない。だが――)」
視線を落としていた紙を閣議室のテーブルの上に置いた夏目首相は、非常に困った表情を作りながら口を開く。
「困ったものだな」
「それだけですか? 総理。これは明らかに全世界に対する宣戦布告です! こんなことが許されるわけが――」
小野平五木防衛大臣が青ざめた表情で口にするが――。
「仕方ないだろう。あれは、我々、人間が何とかできるというのか? 役職を与えてはいるが、それは番犬として飼うためにつけた鎖ではない。あくまでも社会とかかわり合いがあるという名目上のモノだ。それとも小野平君」
夏目首相は、困った表情をしたまま言葉を続ける。
「君が、あの――、桂木優斗と交渉するというのか?」
夏目首相の、その言葉にビクッ! と、体を震わせる。
すでに初老の域を超えていた男ではあったが、桂木優斗と交渉なぞ絶対にしたくないというのが彼の本音であった。
「それに、他国も日本に戦争を仕掛けてくるような真似をせんよ」
「それは……」
日本国首相の言葉に、首相官邸の閣議室に居た男女は足を止めて耳を傾ける。
小野平は、自身の発言に口を閉じる。
そして日本国首相は、小野平防衛大臣の言葉を続けるようにして口を動かす。
「すでに君たちも知っている通り、中国の軍事力の9割をたった一人で殲滅するだけの力を桂木優斗少年は所持している。そして反物質を生成し山を消し飛ばすだけの力も有している。そんな彼に対して表立って宣戦布告するような酔狂な国は存在しない。そう表立っては――、だが、今回のことで裏でも動くことは躊躇することになるだろう。なにせ、日本に住んでいるのだからな。彼は――」
「ですが……、それが世界各国を黙らせる材料となるとは……」
「なるんだよ……」
夏目総理は、溜息交じりに応じる。
「今回、桂木優斗は、日本の治安組織である警察幹部と繋がっていたヤクザとマフィア、その顧客である海外の王族や政府高官から国のトップに大富豪と、その親類縁者を皆殺しにしているからだ」
指を組みながら夏目首相は、さらに言葉を続ける。
「戦争というのは、どういう意味で起きるかわかるか?」
「それは経済を内包するという意味でしょうか?」
瀬村経済産業大臣が、そこで口を挟んできた。
「違う。為政者――、戦争を起こす連中は自分たちの身の安全が担保されているからこそ、戦争を経済的な要因として位置付けている。そして戦争の駒として利用されるのは一般市民だ。一部の富める者たちや、権力者には、戦争の被害というのは得てして存在していない。その前に国外へ逃げることも可能だからな。――だが」
夏目は、そこで目を細める。
「今回は、一般市民ではなく為政者側――、持つ者への直接的な攻撃だ。つまり、本来であれば雨露凌げる場所で、のほほんとふんぞり返っていた保身を第一にする者たちが犠牲になったということだ」
「つまり、日本国に宣戦布告をしてきた時点で、その国のトップは直接的に桂木優斗により殺されると?」
「そういうことだ。何よりも保身に走る連中が、自らの――、家族の命を差し出してまで日本に宣戦布告をするとでも思うか?」
小野平と、日本国首相との会話を聞いていた閣僚たちは安堵の溜息をつく。
とりあえず日本は諸外国から宣戦布告されることはなくなったと。
それは、桂木優斗が生存している限りという時間的な制約はつくが。
ただ閣僚の多くは桂木優斗が衰弱死するよりも早く死ぬから問題ないと考えていたが――、
「(お気楽なモノだな。まぁ、そもそも、この世界はもうすぐ崩壊するのだ。その時に生きられる人類の数は決まっている。そこから見れば、今回の桂木優斗が殺した数なぞ大した数でもない)」
閣僚達の顔色や、言葉を聞きながらも、日本国首相である夏目一元は指先を空中に滑らす。
その彼の視線の先には青白いテンプレートが表示されており、彼の視界の中には、世界生存人類数1億2000万人と意味深に表示されていた。
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