第775話 お前は罪の数を覚えているのか?(5)

「な、なんだ……コイツは……」


 日本で最大勢力の暴力団組織――、山本組の幹部の一人が一歩、後ろへと下がる。

 様々な命の取り合いをシノギとしてきた20人以上の幹部が、一歩も動けずにいる中で、桂木優斗の――、加減された殺意の中であっても一歩でも動けたことは賞賛に値することであった。


「まぁ、答える必要はないがな」


 桂木優斗は、既に襲撃し殲滅したヤクザの事務所に居た男達の記憶から情報を引き出していた。

 だからこそ――、


「なあ? そうだろう? 都を殺すように山崎に依頼されたのはお前だろう? 流山」


 桂木優斗は、死線を一歩も動けずにいた男へと向ける。

 その男は、山本組の若頭であった。

 サングラスをかけて無精ひげを生やし手には拳銃を持参していた身長2メートル近くの大男。

 桂木優斗に名前を呼ばれた流山という男は、オールバックの髪を辛うじて掻き揚げて気持ちを落ち着けたあと口を開く。


「なるほど……。どこの鉄砲玉が襲ってきたかと思ったら山崎警視正と繋がりがあったのか」


 流山本人は至って平静を保ちながら言葉を口にしていたが、言葉の節々からは震えが十分に周囲に伝わっていた。


「(どういうことだ? 山崎から依頼はあったが……、それは大企業の令嬢のことじゃなかったのか? なのに……、この目の前の少年は――、違う! この化け物は一体なんだ? どういう存在だ?)」


 流山は、理解が追い付かない現状に何とか折り合いをつけようと必死であった。

 彼は、大陸マフィアが武術を使う暗殺者を使うことは知っていたし、その力を目の前で見たこともあった。

 その力は、明らかに一般人のレベルを超えるものであったが、兵隊の数さえ揃えれば何とかできるレベルであった。

 だが、流山が認識した少年――、化け物と心の中で罵った目の前の少年は、明らかに常軌を逸していた。

 そう――、逸しているどころの騒ぎではない。

 もはや生物の次元――、生きてる世界すら異なるように流山には思わせた。


「わ、分かった」

「何がだ?」


 流山は決断する。

 目の前の化け物は、人殺しを何とも思っていない。

 それだけは理解できたからこそ、考え口にした。


「山崎警視正からの依頼に関してはキャンセルだ。それでいいだろう?」


 このままでは日本最大の広域指定暴力団組織である山本組が壊滅する。

 それに比べたら、警察からの依頼を一つ断るのは仕方ない――、そう仕方ない。

 むしろ英断だ。

 そう流山は考える。


「なあ? あんたも、まっとうな世界で生きてきてはいないんだろう? だったら、ここは人殺し同士、手を取り合うというのも手だと思うが?」


 若頭である流山は言葉を選びながら口を動かす。


「それに山本組は、日本最大の組織だ。構成員は10万人を超える。この意味が分からないアンタでもないだろう?」

「――で?」


 短く――、本当に短く桂木優斗は言葉を口にする。

 それを、流山若頭は桂木優斗が同意したのかと思い、口角を上げる。


「どうだ? あんた、俺と――! いや! 山本組の総長と盃を交わさないか? それだけの力があれば、警察も敵じゃねえ。女も選びたい放題だし! 金も力で幾らでも手に入る! どうだ!」


 流山の言葉に、桂木優斗は深く溜息をつく。

 そして、その行動に流山はさらに勘違いする。


「分かってくれたのなら――」


 そこまで流山が口にしたところで、流山の右腕が音を立てずに肩の部分からバッサリと砂利の上に落ちた。

 あまりにも非現実的な光景。

 それに対して一瞬の静寂。

 僅か1秒も満たない中で、鋭利に切断された流山の肩の部分から血が噴き出し砂利を赤く血で染めていく。


「何をペラペラとしゃべってやがるんだ? そもそも、俺が! 判別できる顔で! お前らの前に姿を見せた意味をまずは理解しろ」

「あああああああ、俺の腕があああああああああっ!」


 砂利の上に腰から倒れ込んだ流山は、何が起きたのか分からないまま叫ぶ――、叫ぶ――、叫ぶ――叫ぶ!


「都に手を出した時点で、お前らは同罪。全員、私刑に決まっているだろう?」


 桂木優斗は、わざと殺意を抑えた言葉でヤクザの幹部たちに対して答える。


「おまえ! 10万人の構成員を誇る山本組に真正面から戦争を仕掛けるつもりか! てめーの家族! 親類縁者! 友人関係までバラバラにぶっ殺してやるぞ!」


 一人のヤクザ幹部が、威勢のいい声で叫ぶ。

 途端に、そのヤクザの体がサイコロステーキと言っていいほどバラバラに解体された。

 遅れてサイコロステーキになったヤクザの体は砂利の上にボトボトと落ちる。


「お前らは勘違いしているようだが」


 そこで、ようやく桂木優斗は細めていた目を大きく見開く。

 その目を見た瞬間、ヤクザたちの動きが止まる。

 恐怖! それすらも超越した殺意の視線。

 赤く充血しドラゴンの瞳孔のように縦に伸びた瞳。

 そして本来は白目の部分は黒く――、どこまでも黒く――、漆黒の闇へと変色していた。


「お前らは――、お前らの家族は全員皆殺し確定している。それに――」


 そこで桂木優斗は、口元に手を当てると小さく笑う。

 最初は小さく――、そして徐々に大きくなる笑い。


「ハハハハハハハハッ! たかが10万人程度、俺が殺しきれないと本気で思っているのか?」


 その答えは――、思考は――、ヤクザの幹部たちの思考回路を持ってすら理解ができなかった。


――10万人を皆殺しにする。


 それが、どれだけ荒唐無稽なことなのか男達は理解できていたからだ。

 殺人を含む様々な悪事に手を染めていた経験があるからこそ。


「――く、狂っている……」


 一人の幹部が、殺意に充てられて身動きが取れないまま、震えた声で辛うじて声を喉から搾り出すように口にした。


「お前ら、まさか自分たちが狂っていないとでも本気で思っているのか?」


 絞り出すように唸るように口から零した声を桂木優斗は聞き咎め答える。


「なあ? 他人を殺し、他人を辱め、他人の人生を滅茶苦茶にしても平気が顔をして日々を生きている。そんなゴミが――、正気なわけがないだろ? お前たちも、俺も同じなんだよ……。だからこそ、効率的に――、確実に相手を殺す。親類縁者含めてな。とても合理的だろう?」


 桂木優斗は、そう口にした後、右腕を横へ一線する。

 途端に、山本組の本家に集まっていた幹部20人近くと、集まってきていた兵隊数十人が、まとめて細切れになった。



「さて、次だな」


 そう桂木優斗は口にすると跳躍をし、日本最大の広域指定暴力団組織、山本組を眼下に見下ろしたあと、次の目的地へと向けて移動を開始した。

 





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