第770話 部下の功績には報奨を出すのが上司の仕事だろう?(3)

「――」


 受話器先から返ってくる沈黙。

 それは、相手が打算的に考えている証拠。

 異世界でよくあった。

 脅しをかけてきた貴族に対して、力で黙らせたあとに忠告をした後、貴族が報復する前の前触れ――、その思考の時間。

 だからこそ――、


「返事は?」


 俺は相手の逃げ道を塞ぐように殺意を込めて相手に問いかける。


「わ、わかった……」

「ならいい。それと俺は、貴様とは違うからな? 日本の憲法? 法律? そんなものは、守るつもりがある奴だから意味がある。そのことをよく考えておけよ? 俺は俺の身内に手を出したら、日本の法を守るつもりなんて一切無いからな? そのことを重々承知し――、理解した上で行動して発言しろよ?」


 そこで俺は電話を切る。


「はぁー」


 思わずため息が出る。

 どうして、動物や魔物と違って人間――、権力を持った知的生物というのは、理解しないのか。

 態々、言う必要があるのか。

 

「大丈夫でしたか? 桂木警視監」

「ああ。問題ない」

「あの……」


 神谷が、少し困った表情をしている。

 それは何かを――、思いつめたような表情をしていて――、そして……、それは良く見た表情だ。


「神谷」

「はい」

「お前、何か俺に隠していないか?」

「――え?」


 思いつめた表情から、惚けた表情へと変わった神谷に、俺は心の中で「まったく――」

と、悪態を自分自身につく。

 知っていたはずだった。

 理解しているはずだった。

 如何に優秀な人間だったとしても、それは一個人に過ぎないわけで、組織に属している時点で――、一人の人間だった時点で、そこはどうにもならない。


「……」


 無言になる神谷。

 デスクチェアに座ったまま、自身の足元を見た神谷。

 俺は立ち上がると神谷の肩に手を置く。


「分かった。あとは、俺が何とかしておく。だから――、竜道寺には神社庁とのセッションについて話しておいてくれ」

「――え? ――で、ですが!」

「お前に手を――、否――、お前の身内に手を出してきたやつがいるんだろう?」


 俺の言葉に口を噤む神谷に、俺は声をかけ続ける。


「よく昔、あった」

「え?」

「お前みたいな立場の奴を見てきたことがあった。助けられるはずだった。だが、それが出来なかった。だから――」

「……な、何を――!」

「あとは、俺が何とかしておいてやる」


 俺に対して圧力をかけてきた警察庁の上の連中。

 俺に対してですらそうなのだ。

 トップに立つ連中が、自分よりも権力も立場も低い連中をどう扱うなんて少し考えればわかることだ。


「ですが――」

「別に気にすることはない」


 最後まで神谷が胸中に抱いていることを口にすることは許さない。

 何故なら、何も解決しないままで何も終わらない状況で、それを口にしてしまったら、関係は破綻することは異世界で冒険者として活動している間に――、貴族たちに脅されて俺を売らざるを得なかった時と良く似ていていたからだ。


「お前に、どんな事情があろうと、俺の部下には代わりないからな。だから、あとで連絡をする」

「桂木警視監、私は――」


 仕方ないな……。

 きちんと自身で報告をしたいということか。

 なら、その考えはきちんと汲むとしよう。

 それも上に立つ人間の役目だからな。


「母を――、お母さんを……人質に取られています……」

「そうか……。――なら、助けないとな」

「それと母は……、不治の病に――」

「――で? その病を治療するという名目で実の肉親を渡したら、拉致されて俺相手への人質にされたってところか?」

「……は、はい……」

「ですが、どんな理由があろうと私が――」

「そこから先はいい。それよりも、まずは片付けないといけないことがあるだろう?」


 俺は、手の中から盗聴器を落とす。

 その盗聴器が出す電波は、俺が遮断していたから外へと今の会話が漏れることはない。


「さて――、お前に脅しをかけてきている連中のリストを渡してもらえるか? 神谷」

「……はい」


 唇を噛みしめている神谷は震える手でキーボードを打つと、プリントアウトされた用紙を俺に手渡してきた。

 そこには、警察官僚の名前が10人ほど羅列されていた。


「――さてと、俺の部下に手を出したことを後悔させないと駄目だな」


 


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