第771話 お前は罪の数を覚えているのか?(1)

 ――静岡県警本部近くに豪邸を構えている紅林朝雄は、桂木優斗と電話をしていたが一方的に切られたところで、受話器を親機に向けて投げつける。

 その様子を見ていた子飼いの山崎功は、「どうかしたんですか?」と、紅林さんに恐る恐る話しかけた。

 自身の部下に話しかけられた紅林の年齢は既に60歳を過ぎていた。

 ただ、その表情は警察官らしく温和な面構えをしていた。

 そんな紅林はニコリと笑う。


「――いや、何……。君も知っているだろう? 高校生で異例の抜擢をされた男のことを」


 その問いかけに、山崎は頭をフル回転させつつ口を開く。

 目の前の紅林朝雄と言う人物は学歴は東大法学部卒のエリートであり、数々の難事件を解いてきたという逸話がある頭の切れる男であったからだ。

 そんな男に下手な憶測を口にするようなモノなら、同僚の左遷された刑事のような扱いになるのは目に見えていたから。


「たしか……、神の力を手に入れたからという信じられない話から日本政府――、夏目総理の一存で抜擢されたとか……」

「うむ」


 満足そうに頷く紅林は、満面の笑顔を伺えるが、その目の奥底は一切! 笑ってはいなかった。


「――で、だ。分かっているな?」


 その言葉だけで山崎は、いくつかの考えを脳内で思考する。


「(たしか、高校生で管理官に抜擢されたのは桂木優斗と言ったはず……。たしか高校生だという話は耳にした……。問題は、高校生だと目上に対する接し方がわかっていないころだ)」


 ――そう紅林の側近である山崎は結論付ける。

 そこで、次に紅林が桂木優斗という人物との交渉は上手くいかなかったであろうことを予測する。

 それは投げられた受話器が物語っていたから予測は割合と難しくはなかった。


「分かりました。いつもどおり――」

「ああ。任せたぞ? くれぐれもミスはしないようにな」


 畳の上に敷かれていた座布団から立ち上がった紅林は、カバンを手にすると部屋から出ていく。

 一人取り残された山崎は、溜息をつくとスマートフォンを取り出す。


「――さて、まずは桂木優斗という人物の家族構成と親戚筋、あとは……」


 警察庁に登録されている桂木優斗の個人情報にアクセスした山崎は、手を止める。

 そこには神楽坂都という名前を発見した。


「なるほど……。これは使えそうだ……」


 山崎は、静岡県警が裏で繋がっている広域指定暴力団組織の実働部隊へと連絡を行う。

 内容は、亡くなって傷心している神楽坂都の拉致監禁を凌辱し、その画像をネタに桂木優斗を脅すという極めてありふれた内容であった。




 ――その頃、静岡県の沿岸の海上で行われている日本人女性の人身売買。

それを取り仕切っている静岡県警のトップの一人である紅林を乗せた車は、市街地を走っていた。

運転手付きの完全防弾、完全防音の黒塗りの車。

そんな車の後部座席に乗っていた紅林は、手にしていたカバンを開けるとリストを取り出した。

そこには、10代から20代の日本人女性の売却リストがズラッと表示されており――、


「まったく――、この儂に逆らうとは本当に愚かなやつよ……ひっひっひっ。この儂の力が通じない警察庁なぞ存在しないというのに、神の力だと? 馬鹿で愚かで愚鈍な今の総理は、そんなトリックにコロッと騙されたようじゃが、儂は違うぞ。この生娘はよいのう! 年齢は13歳か!」


 紅林が手にした資料には、今年、小学校を卒業したばかりの中学1年生の女子が顔つきで貼られていた。


「ふむふむ。なかなかに養殖には飽き飽きしてたころじゃわい。攫ってきたばかりの天然モノは久しぶりじゃからな。散々、弄って甚振って母親の名前を叫ばせた上で精神を破壊して奴隷にするのもよいのう」


 そう舌なめずりする紅林朝雄。


「――さて、今日の日本人女性の売買は87人か。毎年、3万人も日本人が消えても問題のない国! 本当にいい世の中になったのう。カッ! カッ! カッ!」


 腹の底から面白おかしいとばかりに笑う紅林であったが――、




 ――ドンっ!


 


 ――と、いう音と共に、眉間に皺を寄せた。


「何があった?」


 後部座席に設置されていたスイッチを押して運転手と連絡を取る紅林の声に、


「人を――、人を引いて――」

「ちっ! ――で、ソイツは生きておるのか?」

「はい。バックミラーで確認したかぎりでは――」

「もう一度、引いてきちんと始末しておけ。下手に生きていたら面倒じゃろうに」

「わ、分かりました!」


 紅林の命令に運転手でもある警察官僚は、答えると車を急速バックさせたが、車は倒れていた人物を引くことも出来ずに通り過ぎた。


「どうだった?」


 何の振動も座席から感じとることが出来なかった紅林は運転席の警察官僚に確認するが――、


「ひっ! ば、ばけ――」


 返ってきた返答は、途中までの恐怖に満ち震えた声色と――、続く「ビシャッ」と、言う何かの液体をまき散らす音であった。


「何をしているのだ? まったく役たたずが!」


 苛立ちを一切抑えることもなく仕方なく車から出ようとドアノブに手を添えた。

 その瞬間、防弾仕様の後部座席のドアが素手でブチ破られ、ドアが捩じ切られるようにして開けられた。

 そんな非現実的な光景をいきなり見せられた紅林は、一切! 頭の理解が追い付かないままドアを――、百キロ以上もある特注のドアが、まるで段ボールのように投げ捨てられた様子を見せられたまま、そんな光景を見せつけた少年を見ていた。


「――き、きさまは……」

「俺か?」


 少年は、軽く笑みを浮かべたあと口を開く。


「桂木優斗だ。それだけ言えばあとは分かるな?」




 

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