第769話 部下の功績には報奨を出すのが上司の仕事だろう?(2)

「――なっ! なんて愚かなっ!」


 電話口で相手側が絶句するような声色になる。


「だいたい、俺の身分は日本国首相が決めたことであって別に俺が望んだり頼んだりしたわけじゃないんだが?」

「それでも君は、警察官に――、たいした学歴もない癖に警視監に抜擢されたことに何の喜びも感じないというのか?」

「まったく感じないな」

「――ッ!」

「何度も言わせんな。お前は馬鹿なのか? この俺の身分は俺の実力に見合ったものだと、国が日本国首相が決めたことであって、俺から頼み込んだことではなく、日本国政府がお願いしますと頼んできたことだ。それに対して貴様如きが意見をするなど勘違いも甚だしい」

「貴様……如き……だ……と?」

「何か文句でもあるのか?」

「ギリッ――」


 歯ぎしり音が聞こえてきたとところで、神谷が受話器を寄越してくださいと、目の前まで来てジェスチャーしてくる。

 俺は欠伸をしながら受話器を神谷に渡すと、神谷が変わりに電話に出る。


「神谷です。電話を代わりました……はい、はい、はい」


 話がまったく進展しないことを心配した神谷が電話を代わるが、その眉間には皺が寄っていく。

 そして、彼女が受話器から顔を離したところで、


「桂木警視監」

「何だ?」


 そこで神谷が、竜道寺が銀行襲撃事件を事前に解決したことを知らせてくる。


「それは、胡桃たちが同伴していた時のことか……」

「はい、おそらくは――」

「だが、どうして、それで俺の方に電話をしてくるんだ?」


 人間同士の問題なら、俺が居る部署を通す必要性は感じないが。


「じつは警察庁――、方面本部長の方から、今回の事件に関しては一切、口外しないようにと、その連絡のための電話だそうです」

「ふむ……。――で?」

「で? とは?」

「一般人への口外禁止はいいが、事件を未然に防いだんだろう? だったら、報奨は出すべきだろう?」


 俺の言葉に神谷が困った表情をすると電話相手に説明をするが、どうやら納得しないのか何度も受話器口で説明をしていた。

 これは、未然に事件を防いだこともなかったことにするのか? と、俺は思わずため息をつく。


「神谷」

「はい?」

「受話器」

「――え? ――で、ですが……」


 神谷の目が泳ぐ。


「ここの部署の長は俺だ。分かるな?」

「わ、分かりました」


 神谷から受話器を受け取る。

 そして受話器に耳を近づける。


「俺だ。桂木優斗だ」

「また、君か! 君では話にならん!」

「はぁあああ」

「何だね? その溜息は!」

「随分と偉そうな身分だと感心したんだ」

「何だと!?」

「事件を未然に防いだ竜道寺――、俺の部下の功績をなかったことにする? それが、どういうことがお前は理解しているのか?」

「なんだと? お前は、大学すら出ていない! 社会にすら出ていない! そんな人間が、組織の何が理解できるというのだ!」

「たしかに、俺は高卒だが、一つだけ理解していることはある」

「何?」

「頑張ったやつには報酬を出す。それは重要なことじゃないのか?」

「だが、そんなことをすれば――」

「そこを何とかするのがトップに立つ人間の手腕じゃないのか?」

「お前は何も理解していない! 同じような事件が、ここ最近! 日本では多発しているのだ! その尻尾を掴める瀬戸際なのだぞ! なのに、そこに報奨を出してみろ! 警察が動いていることがバレて地下に潜られてしまうじゃないか!」

「つまり、捜査中は、一切報奨は出したくない。だが、捜査が終わったあとなら?」

「そんなことをすれば、警察庁のトップの威信に傷がつくではないか! 捜査のために報奨を出さなかったなぞ――」

「はぁ」

「何がおかしい!」

「なら、俺から報奨を出すからもういい」

「勝手な真似は組織を和を乱す行為になるぞ! そんなことは許されない!」

「お前に許してもらう必要はない。それと、一つ注意しておくが、俺の身内や部下に対して国家権力で潰しに来た時はどうなるか理解しろよ?」

「あっはははっ! メディアも動かすことが出来るんだぞ? こっちは! お前が、何か報復などしたら――」

「くっくっくっくっ」


 脅しにもならない脅しに俺は思わず笑ってしまう。

 何とも甘い考えを持っているもだ。


「何がおかしい!?」

「なあ、知っているか? 小さな破壊工作はテロ行為ということで情報は駆け巡る。何故だかわかるか?」

「何?」

「小さな破壊工作というのは、それを目撃して情報を流す存在がいるからこそ、その破壊工作活動は世に流れる。つまり――」

「……き、きさま……、――じ、自分が何を言っているのか理解して――」

「国家権力を振りかざすってことは、国が俺に喧嘩を売るってことだぞ? つまり、日本国が地図から消えることを意味するが、それを覚悟の上で、俺に喧嘩を売ってるんだよな?」

「……分かった。捜査が終わり次第、竜道寺君には然るべき報奨を出すと約束しよう」

「そいつは助かる。それとくれぐれも言っておくが、俺の部下や身内に手を出すなよ? お前が、手を出した瞬間、貴様の家系は皆殺しにするからな? どこに逃げようと、どこに隠れようと無駄だと知れよ?」


 横で話を聞いていた神谷が「どっちが脅しているのか……」と、呟いていたが、身内を守るため――、自衛のために相手を脅すのは異世界ではよくあったことだ。




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