第764話 銀行襲撃(1)第三者Side
「ねー、エリカちゃん」
「どうした? 胡桃」
銀行のATMから少し離れた場所で、壁に背中を預けながら周囲を注意深く伺っていたエリカであったが、胡桃から話しかけられたことで、注意を桂木優斗の妹へと向ける。
すると、胡桃が「おいでおいで」をしていた。
何か? と、思い胡桃の傍まで近づくエリカ。
「エリカちゃん、これどう思う?」
「どうとは――」
そう呟きながら、胡桃が指さした画面を見たエリカは「ん?」と、言う表情をしたあと、胡桃の方を見る。
「ねえ? これって機械の故障なのかな?」
「それはない」
短く日本語で答えたエリカ自身も、銀行口座に兆単位のお金が入金されていたことを見たことがない。
彼女の年収は5000万円ほどであるが、それは神薙だった頃の話であり、神薙の中では新人だったことから、そこまで高い給料ではなかった。
一般会社員から見たら十分に高い給料ではあるが……。
そんなエリカから見て、8兆円超えの預金というのは常識を些かどころか、かなり逸脱した金額であった。
「第一、これだけのお金が動いていたら間違いなく国に連絡がいく。確か日本でもある程度以上の金額が入金された場合は税務署に連絡がいくはず」
「そうなの?」
「間違いない」
「どうかしたの?」
平日の給料日前後の日付では無い事もあり、ATM前には列こそ出来てはいなかったが、エリカと胡桃が会話をしていたことで、ATM前に立っていた銀行員が近づいてくる。
「どうかされましたか?」
「――え?」
「!?」
いきなり銀行員に話しかけられたことで、8兆円という金額が口座に預金されていることもあり、胡桃とエリカは動揺するような素振りを見せた。
そんな二人の様子に対して何か感じ取った銀行員は微笑み口を開く。
「何か問題がありましたら、お調べいたしますが、どうかされましたか?」
「えっと……」
思わず目を泳がせる胡桃。
「預金について確認したい。この金額は間違ってないか?」
「え? あ、はい。少し確認させてもらっても?」
銀髪赤眼という桂木優斗と契約をしたことで容姿が変化しロシア系の東スラブ人の血筋を色濃く反映させているエリカは、一言で言えば白銀の天使のような見た目をしていた。
そのことに気が付いた50代半ばの再雇用された銀行員は驚きながらも、胡桃が表示していた銀行預金金額を見て目を大きく見開く。
「分かりました。すぐに調べますので、こちらへ」
銀行員に、銀行内の一室に通されたのはエリカと胡桃の二人のみ。
竜道寺は、少し離れた場所に立っていたこともあったが、竜道寺本人まで行く必要はないと判断したことからであった。
しばらくしてから銀行員が胡桃たちの通された部屋に入ってくる。
「お待たせしました」
「それで、どうだったんですか?」
「入金されていた金額は日本国政府からの入金でしたので、おかしな部分はありませんでした。ご家族の方に確認された方がよろしいかと思います」
「そうなんですか……」
ホッとしたような表情をする胡桃。
それと同じくらい、どうして何兆円ものお金が銀行口座に振り込まれるのか? と、疑問が浮かび上がってきた。
「はい。ですから、とくに不明金ではありませんので、ご安心頂ければと――」
「分かりました。すいません、調べていただいて」
「いえ。私にとっても初めての経験でしたから」
そう銀行員は口にするが、実際は既に本社の社長レベルから余計なことは口にするなと戒厳令を敷かれていたので、どういうお金なのかまでは説明できずにいた。
それどころか、どうして個人の口座に何兆円ものお金が振り込まれているのかすら想像することもできなのであった。
――その頃。
千葉駅と、総合デパート『そごう』の間の横断歩道から少し歩いた路地に3台の黒塗りのハイエースが停まっていた。
「本当にやるのか?」
30代のひげ面の男が、震える口調で言葉を口にする。
「ああ。俺たちをクビにした頭取が、視察のために来てるらしい。50歳で再雇用だと? そんなの許されるわけがないだろ。これは、労働者の命を奪う搾取だ。従業員の命を軽んじるのなら頭取だろうと殺される覚悟があるはずだ」
「そうだ!」
「ああ。これは俺たちの聖戦だっ!」
一台のハイエースの中で、そんな会話をしたあと、先代日本国首相の移民優遇政策で入国してきた中国人が持ち込んだ大量の重火器――、それらを購入した男たちは重火器で武装したあと、車から降りる。
一人が車から降りると、次々と3台のハイエースから覆面を被り、タクティカルベストで身を包んだ男たちが降りてくる。
男たちの総人数は15人。
全員が、50代であり会社からは再雇用で生かさず殺さずという方針で生活基盤を破壊された者たちであった。
「お前たち、分かっているな? これは理不尽な経団連という悪の組織に対しての日本国民の抵抗であり、正義の行いだ! まずは、世界メガバンクの頭取を殺すことで、日本国民は奴隷ではないと宣言することが大事だ!」
「柳さん、邪魔をしてくる人がいたらどうしますか?」
柳と言われた唯一30代の男は目を細める。
「これは聖戦だ。聖戦の邪魔をする人間に対して殺しはしないが、手足を打ち抜いて体に分からせることくらいはしておけ。それでも邪魔をするのならわかっているな?」
男の言葉は、邪魔をするなら殺せと言っていることに近いのであった。
「よし、今日は平日だ。一般顧客は殆どいない。では諸君、行こうとしようか」
機関銃や銃で武装した一団は、銀行へと足早に向かった。
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