第762話 瀬戸内海事変(4)第三者Side

 ――千葉駅から、徒歩数分の商業施設。

 平日の昼間と言うこともあり、デパートの地下の人通りはそれほどは多くない。

 そんなデパ地下のケーキ売り場を、エリカと胡桃――、そして竜道寺は3人して歩いていた。


「胡桃さん、エリカさん、今日は学校があるのでは?」


 まだ肌寒い5月という季節も相まって、グレーのワンピースと、デニムのジャケットを羽織り、肩からは白いバックをかけていた竜道寺が前を歩いていた二人に話しかけた。

 そんな竜道寺の声に、首を傾げた胡桃は、「今日は、お休みをとったの」と、竜道寺の問いかけに答えた。


「私も――」

「エリカちゃんは、臨時の講師なのだから休んだらいけないのでは?」


 胡桃が、至極まっとうな突っ込みを入れているが、胡桃のボディーガードを桂木優斗から言い渡されている彼女からしたら、胡桃を一人、繁華街に放置する方が問題なのであった。

 実際、いくつかの視線を既にエリカは感知していたことから、胡桃のデパート散策についてきたのは賢明だと言えた。


「それは、ずる休みなのでは……」

「――でも、お兄ちゃんが言っていたの。竜道寺さんは、女の子として微妙だからきちんと教えてって」

「そ、そうなのですか? ――し、師匠が?」

「うん」


 間髪入れずに答える胡桃。

 実際のところ、桂木優斗はそんなことは一言も言ってはいない。

 桂木優斗が妹の胡桃に頼んだのは、常識が逸脱していないかどうかを町に連れて行って見ておいてくれと頼まれただけであり、女性らしい行動や着こなし、動作については一切、言われてはいなかった。


「(べつに、お兄ちゃんには言われていないけど、元・男だってお兄ちゃんは言っていたし、女の子初心者の元・男の人には、女の子が何たるかを、胡桃が女の子先輩としてレクチャーしないと駄目だよね)」


 ――と、胡桃は心の中で考えていたのであった。


「胡桃」


 二人の会話を聞いていたエリカは足を止めるとエレベーターの方を指さす。


「どうしたの? エリカちゃん」

「マスターのベッドを選びたい」

「お兄ちゃんの?」

「そう」


 商業施設にはエレベーターが設置されているが、大型の商業施設特有のエレベーターには、必ずエレベーターホールに何階には何が売っていることや、取り扱っている商品が書かれている。


「ん~」


 エレベーターホールに設置されている案内版を見ながら胡桃は考える。


「お兄ちゃんのベッドって、そんなに駄目だったけ?」

「駄目じゃない。でも一人用」

「あー」


 そこで、胡桃が両手をポンと叩く。


「つまり添い寝が出来ないってことね?」

「さすがは胡桃」

「当然なの。――でもシングルベッドの方が密着できるから良くない?」

「それはある」

「あるんだー」


 胡桃とエリカ、二人の会話を聞いていた竜道寺は突っ込みを入れたら火の粉が飛んでくる可能性がありそうだと黙って二人のあとを付いていくことを心の中で決定した。

 


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