第756話 弱音も修行の一環 第三者Side
――組手の修行を初めてから100年が経過した次元の迷宮では、桂木優斗が持ち込んだ食材を伊邪那美が料理し、食卓に提供をしていた。
「どうじゃ? 桂木優斗との修行の進捗などは――」
料理を盛り付けた大皿を、次元の迷宮内に建てられた家のリビングのテーブルの上に置いた伊邪那美は、椅子に座ってグッタリとしている竜道寺に話しかけた。
「まったく――、全然! 駄目です……」
肉体的には、常に全盛期の状態に保たれているとは言え、組手が始まってから常に気を張っている竜道寺にとって精神は限界まですり減らされていた。
そんな竜道寺の様子を見かねた伊邪那美は遠回しに『休むのも一つの手だぞ?』と、言う思いも込めて話しかけたのであったが――、
「そうか……」
「すいません。私が、だらしないばかりに」
「気にすることはない」
「――でも、伊邪那美様って、もうこの場所に来て1万年は経過していますよね?」
「ふむ。そうじゃのう」
「記憶の簡略化とかしなくて大丈夫なのですか? 私みたいに」
「人間と神である妾では尺度が違うから問題はない」
「そうなのですか?」
「うむ。それよりも冷えてしまうから食べるがよい」
「――あ、はい。――で、でも……、この色って食べる気が失せますよね?」
伊邪那美が作った料理は、一応は聖贄というカテゴリーに入っていたが、その実態は、猛毒の部類にまで進化していた。
一万年近くの修練の間に徐々に毒性が強くされていった結果、竜道寺の肉体は、1グラムで1000万人以上の命を奪うことが出来るボツリヌストキシンAすらも無毒化するほど内臓を鍛え上げられていた。
激痛を伴ってまでだが……。
「うむ。おそらくじゃが、神であっても腹を下すであろうな」
「でも、伊邪那美様が料理していた時に味見をしていましたよね?」
「料理に味見はセットじゃからのう」
「でも、伊邪那美様は――」
「安心するとよい。こう見えても妾は黄泉の国の女王。毒は無効化されるからのう」
「そうなんですか」
「うむ。それよりもお主こそ、本当に大丈夫なのか?」
「はい。慣れました」
コクリと頷く竜道寺は、味だけは良い超猛毒のシチューを飲み干す。
「でも、伊邪那美様」
「どうした?」
「私、自分が強くなっているって実感がまったくないです」
その竜道寺の泣き言に、伊邪那美は桂木優斗が一緒に食卓に来なかったことを察する。
「(なるほどのう。あの男も、少しは人を見ていると言ったところかのう)」
「あの伊邪那美様」
「なんじゃ?」
「私って、伊邪那美様から見て強くなっていますか?」
「(うーむ。すでに人間の領域を超えていると言った方がよいか……なんといえばよいか……。下手に褒めるのも、須佐之男の件もあるからのう)」
「どうなんでしょうか? 伊邪那美様」
100年近く桂木優斗との組手で自信喪失をしていた竜道寺からの懇願するような上目遣いの瞳。
「(うっ――、あの馬鹿モノ。もう少し手加減をせぬか……)妾から見たら、十分に強くなっていると思うのじゃ」
「――そ、そうですか!?」
「うむ。まぁ、あの男が規格外なだけじゃな」
「はい……。でも――、伊邪那美様」
「どうかしたか?」
「私、前々から思っていたのですが」
「ふむ……」
「師匠って、年齢からして16歳ですよね?」
「そうじゃな。あくまでも見た目は――」
「なのに、あれだけの力を手に入れているって、どういうことでしょうか? 神の力を有していると聞きましたけど、それにしては、修行の内容が神の力と言うよりも、どちらかと言えば、現代化学や運動学を煮詰めたような印象を受けるのですが……」
桂木優斗の本質の力を神の力と誤認していた竜道寺にとっては、桂木優斗から受けた数々の修行が、超常現象ではなく、あくまでも物理学などの人間が解き明かしてきた世界の真理の延長線上にあることに感づきつつあった。
だからこそ、疑問に思ったのだ。
桂木優斗という存在について。
「あれは、そういうモノだと認識した方が楽じゃぞ?」
「そうなのですか?」
「うむ。よく言うじゃろう? 深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいていると。それに話してくれる時には、アヤツから教えてくれるはずじゃ」
「あ、はい……」
「――で、話は変わるが、食事後の修行はいつもの組手か?」
「えっと……、体の動かし方は慣れてきたらしいので、技を教えてくれるそうです。あくまでも基礎の技らしいですけど」
「なるほどのう。まぁ、基礎練習よりも技の修行の方が難しいと聞く。気を付けて頑張るのじゃぞ?」
「はい!」
ポイズンドラゴンの肉を頬張りながら力強く竜道寺は頷いた。
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