第734話 布都御魂剣
桂木優斗が建築した家のドアが開く。
「随分と速く戻ったの……じゃ……な?」
竜道寺を迎えに玄関まで出迎えに言った伊邪那美の目が大きく見開かれると同時に彼女の先ほどまでにこやかに出迎えていた表情は剣呑とした表情へと変わっていく。
それと共にサンダルを履くこともなく家から出ると、桂木優斗が座っていた草原へと駆けていく。
「桂木優斗!」
「どうした? 伊邪那美」
伊邪那美の剣幕に、桂木優斗の表情が強張る。
彼女は、伊邪那岐の子らでもあり、自身の子供でもある竜道寺が宿しているオーラを思い出しながら口を開く。
「どういうつもりじゃ! 約束をしたであろうが!」
「……すまない」
あまりにも強い言葉に、桂木優斗がバツの悪そうな表情をして目を逸らした。
「伊邪那美さん」
後ろから駆け寄ってくる竜道寺の声に、伊邪那美は、
「竜道寺君、あなたは口を挟まないで」
「え? ――で、でも……」
女性らしい様子で困った表情をする竜道寺を見て歯ぎしりをする伊邪那美は、キッ! と、優斗の方を見る。
「どうするつもりじゃ! 妾の愛おしい子を、このような姿にしおって!」
「このようなって……」
「男児には、男児の魂を! 女児には女児の魂を! これは、創世記からの習わしであるぞ! なのに、このように歪に歪めおって! 何を考えておるじゃ! いくら強さを追い求めているからと言って人であることを捨てるなぞ! 神の寵愛を――、輪廻の輪から外れるような真似をするなぞ! 貴様だけで十分であろうが! 他の者を――」
「もう止めてください。伊邪那美様」
「黙っておれ! 竜道寺」
「――ですが!」
「これは、輪廻を司る一柱でもある妾の領分! それを乱す行為は、許されることではない!」
「伊邪那美様。私は、日本国民を守るために――、自分の信念を貫くために、無力な私自身を理解したからこそ、桂木優斗さん――、師匠の弟子になったのです」
「それは知っておる! だが――!」
「申し訳ありません。伊邪那美様。私は、私が決めたからこそ、この道を選んだのです。その私自身の決定を誰かに――、他人に押し付ける行為は日本国の警察官として間違っていると考えております。私は、一人の人間の前に、国民を守る警察官です!」
「その前に、妾の子であろう」
一言も発しない優斗。
優斗は、会話をすることも言葉を発することもなく打ち合わせと無い事が起きてることに、首を傾げていたが――、
「伊邪那美様」
「なんじゃ?」
少し迷った表情をしたあと、竜道寺は大きく目を見開くと口を開こうとするが――、その表情を見た伊邪那美は、大きく溜息をつく。
「分かった。もう何も言わん。竜道寺、お主はお主の道を決めておったのじゃな?」
「はい!」
「そうか……」
伊邪那美は、瞳に涙を浮かべると――、
「そうであるな。汝は、この男に弟子入りすることを一人で決めたのであったな。男(お)の子(こ)が、決めたことを――、一人で考え抜いて決めたことを否定するなぞ、母のする事ではなかったのう……」
「伊邪那美……様?」
先ほどまでの剣呑とした表情とは打って変わった表情とは違い、優しい笑顔を竜道寺に向けた伊邪那美は、竜道寺の頬に触れる。
「伊邪那美様が、私のことをずっと心配してくれていたことは理解しております。ですから、もう大丈夫です」
「そうか……、――ならば」
伊邪那美は、首飾りを自身の首から外すと竜道寺の手に握らせる。
「これは、一体?」
「神具――、神代三剣の一振りである布都御魂(ふつのみたま)じゃ。これは、汝を災厄から守ってくれるであろう。日本国民は全員、妾の子である。それを守ろうと決意した汝であるのなら、それに対して餞別を送るのもありであろう?」
「――で、ですが……、これは……」
彼女――、伊邪那美から渡されたのは大きな翡翠の勾玉。
その勾玉には穴が開いており、赤い糸のようなモノが通されており、さらに七色に光る貝殻が装飾として綺麗に配置されていた。
「刀の体を成してはいないと思うか?」
「そ、それは……」
竜道寺は、自身が思ったことを言い当てられた事で目を背けるが――、伊邪那美は、そんな自身の子を優しく微笑む。
「後ろを向くと良い」
「はい」
素直に伊邪那美に背中を見せる竜道寺の首に、翡翠の首飾りをつけると伊邪那美は数言呟く。
それは神代言語であり、すでに日本では失われて久しい幻とまで言われている神代文字を元祖とした言葉。
その瞬間、竜道寺の胸元の首飾りは光る。
「うむ。これで、この布都御魂は、汝が生きている間は、汝の神霊として汝を守るであろう。さあ、首から掛けられている首飾りに手をおくとよい。そして、本当の姿を解放してみるとよい」
「――解放って、どうやってですか? それよりも、布都御魂って、私なんかがもらっても――」
「譲り渡したのではない。預けたのじゃ。そこは忘れてはならぬ」
「はい」
「うむ。――では、名を――、その本当の名を告げるとよい」
伊邪那美の言葉に頷いた竜道寺が胸元の翡翠の首飾りに手を触れ、「布都御魂」と、呟く。
途端に、竜道寺の服装が巫女服へと変化する。
さらに、踝まで伸びていた煌めく漆黒の髪は、後ろで結わえられてポニテ―ルになり、最後には手には刃から柄まで含めて2メートルほどの直刃の大剣が出現する。
刀身は、真っ赤に燃えるように赤く、炎の揺らめきを彷彿とさせる波紋を有していた。
「これは……すごいですね」
「ほう。馴染んでおるようじゃな」
「はい。――でも、これって普通の人だと……」
「汝だからこそ所持し振るえる刀剣じゃ。これは、重量もあるが何よりも常人では耐えられないほどの痛みを感じるからのう」
「……たしかに……」
その痛みは連日の修行により、痛みという感覚が麻痺している竜道寺からしたら、大した痛みではなかったが、常人であるのなら麻酔なしの虫歯の治療を受けているような痛みを受けているようなモノであった。
「布都御魂の特性は理解しておるか?」
「いえ」
「そうか。布都御魂の特性は火と雷になる。そして所有者が受けるであろう、あらゆる毒を無効化する」
「それって、すごいですね」
「うむ。くれぐれも使い場所は間違えぬようにな」
「はい。それにしても見たことがない金属ですね」
「それは、オレイカルコスで作られておる」
「オレイカルコスって……たしか、オリハルコンでしたっけ?」
竜道寺がしばらく考えて呟いた言葉に、伊邪那美が頭を左右にふり否定の意を示すと口を開く。
「オリハルコンのような紛い物と一緒にしてはならぬ。オリハルコンは人間が神代の者が作った金属を真似て作った贋作にすぎん。何の特性も持たぬ金属の成れの果てがオリハルコンじゃ。じゃが、竜道寺」
「はい」
「汝が手にしている布都御魂に使われている金属は違う。それは正真正銘の神代文明時代の金属で作られた刀剣じゃ」
「そうなのですか……」
竜道寺が、布都御魂を真っ直ぐに軽く振るう。
それだけで刀身の先から雷を帯びた炎の残滓が発生し、足元の草を焼く。
「すごい」
「当たり前じゃ」
二人の会話と様子をずっと伺っていた桂木優斗は、コホン! と軽く咳をする。
「つ、つまり、俺は許されたと?」
「妾の子が許したのであるなら、桂木優斗! お主に対して糾弾するのは筋違いであろう? じゃが、お主は妾の信用を著しく失ったことは覚えておくとよい」
「わかった。気を付ける」
流石に悪いと思ったのか、桂木優斗は頷いた。
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