第735話 神格と聖餐

 伊邪那美から軽蔑な視線を受けたあと、俺は咳をする。


「――と、とりあえず一度、元の世界に戻るぞ。色々と無理をしたせいで、ここからだとパンドラの箱の変更がこれ以上は無理だからな」

「……煙に巻かれたような感じがするが、それは致し方ないのか……」


 渋々と言った様子で伊邪那美は頷く。


「師匠。あの……この姿は――」


 未だに巫女服で、右手に布都御魂を手にしていた竜道寺が恐る恐ると言った様子で俺たちに確認するかのように話しかけてきた。


「竜道寺。それは、お主とすでに契約は済んでおる。汝が望めば、それは首飾りへと変化する」

「伊邪那美様。そうなのですか?」

「うむ」


 竜道寺は、伊邪那美からのアドバイスに頷くと瞼を閉じる。

 すると一瞬で2メートル近い直刃の大剣は元の首飾りへと変化すると、竜道寺の首元に自動的に掛かる。


「できました」

「そうか。――で、桂木優斗」

「分かっている。元の世界に戻る方法だろう?」

「うむ」


 俺は上段に手を振り上げると、振り下ろす。

 それで空間が裂けて割れる。


「これもお主が設定を?」

「――いや、パンドーラの箱の中の世界は、科学的に言えば世界を構築している電子の位相を意図的にズラして作られたモノだったからな。だったら、世界を隔てている空間を切り裂くだけで問題は無い」


 俺が、そう説明した途端、俺や竜道寺、伊邪那美が立っていた世界――空間がひび割れていき――、そしてガラスが割れた音と共に粉々に砕け散る。

 すると、瞬きのあと、元のリビングに俺たちは立っていた。


「桂木優斗、先ほどの世界を制御したな?」

「制御というよりも物質崩壊を収束させて取り込んだだけだ」

「……」


 俺の説明に顔色を変える伊邪那美。


「ご主人様、おかりなさいませ」

「今、戻った」


 リビングのソファーに座っていた白亜が立ち上がると、頭を下げてくる。


「伊邪那美様、おかえりなさいませ」

「パンドーラ、パンドラの箱の様子は問題なかったかの?」

「いきなり消えました」

「ふむ」


 俺の方へ険しい表情を向けてくる伊邪那美。


「とりあえず、今日は必要なくなったから消しただけだ。あまり、気にしなくていい」

「そうであるか……。まぁ、それよりも白亜」

「何でしょうか? 伊邪那美様」

「竜道寺に神格についての説明を頼んでもよいかの?」

「神格?」


 伊邪那美に話しかけられた白亜が竜道寺を見た途端、目を大きく見開く。


「――こ、これは! ――ど、どういうことですか? 人間が、神格を有しているなぞ――」

「妾が作った料理を食べておったからのう」

「――え? 伊邪那美様が自らの手で?」

「うむ」

「……そ、そうなのですか……。神である貴女が聖餐を人間に食べさせるとは……」

「妾も、こちらに戻ってくるまで神格が確認できんかったから、そこは想定できんかった。まぁ、そこまで強い神格ではないから、気にする必要はないであろう」

「――いえいえ。その感覚、ご主人様と同じ物言いですから」

「おい」


 まるで、俺が非常識みたいな言い方をするのは止めてもらいたいものだ。


「白亜。とりあえず任せたぞ? ある程度、神格があるのなら――」


 俺のツッコミを無視して伊邪那美が言葉を続ける。

 伊邪那美の話を聞いていた白亜は、肩を落とすと、


「分かりました。これだけの神格があるのでしたら繋げることは可能です」

「うむ。まぁ、保険だと思って儀式をしておくとよい。おぬしらも、これと契約をしておるのじゃろう?」


 意味深な伊邪那美の言葉に白亜は頷く。


「分かりました。本人の同意がとれ次第、行います」

「うむ。――では、そろそろ帰らせてもらうとするかのう。――よいな? 桂木優斗」


 外は、すでに日が昇りかけている。

 時計を見れば時刻は午前6時を過ぎていた。


「ああ。今日も宜しく頼む」

「また夜に白亜に連れてきてもらおうとしようか? よいか? 白亜」

「もちろんです。ご主人様が、良いと言うのでしたら。――では、お送りします」


 リビングから、ベランダに出ていくパンドーラと、白亜と伊邪那美。

 3人がベランダから出たあと、一陣の風と共に、その姿は半透明になり目の前から消える。


「――さて。竜道寺」

「はい」

「お前の寝泊まりする場所だが」


 部屋はない。

 だが、近場に置いておかないと中途半端な戦闘力では何が起きるか分からない。

 俺は押し入れから、キャンプ用具を取り出す。


「とりあえず屋上にいくか」

「屋上ですか?」

「ああ。寝る場所は確保しないとな」


 竜道寺を連れて屋上にテントを設置していく。

 そしてコンクリートの場所にピッケルを設置する場所を原子を操作し物質の構成を再構築したところへ打ち込む。


「よし、出来た」

「師匠、随分と手慣れていますね」

「まぁな。それよりも、エリカと妹が起きて来る前に風呂に入ってこい。修行後、あれから風呂に入ってないからな。幾ら何でも、その汚れた姿で登庁する訳にはいかないからな」

「――は、はい!」


 アパートに戻ったあとは、竜道寺が風呂に入る。

 リビングに向かうと、そこにはすでに白亜が寛いでいた。


「白亜」

「はい」


 立ち上がる白亜。


「お疲れ様」

「――いえ! ご主人様のためなら! この白亜、死すらも厭いません!」

「それは、止めてくれ。――で、伊邪那美は何か言っていたか?」

「はい。ご主人様の弟子――、竜道寺に関して従属神契約を行っておいた方がいいと」

「それは――」

「はい。妾は、エリカのように、ご主人様と契約を結んだ方がいいとのことです」

「……あれは才能がないと出来ないんじゃないのか?」

「問題はありません。伊邪那美様から聖餐を長年与えられたことで、初めて出会った頃のエリカほどの霊力――、神力を有しておりますので」

「なるほど……」


 それなら、今後のことを含めて俺の力の影響を受けられるように契約をしておくのも問題はないか。

 まぁ、問題はエリカや伊邪那美のように髪の色が銀色になることだが……。


「とりあえず本人に確認しないと始まらないな」

「もちろんです。それにしても、何の力も内包していなかった人間が神格を有する領域に足を踏み入れるとは、いったい、どうやって……普通は聖餐を得ても、あそこまでは――」

「まぁ、色々とあったからな」

「そうなのですか。それにしても800年で神格を手に入れるとは驚きです。普通には聖餐を得ても生死の境を何度も行き来しなければ人間は神格と領域に足を踏み入れることはできないのですが……」

「……」

「ご主人様?」

「いや、何でもない」


 何度も生死の境か。

 2000年の間に少なくとも100万回近くは竜道寺は死んで生き返っているから、そこで条件は満たしたのかも知れないな。


 

 

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