第731話 弟子のターニングポイント

 桂木優斗が建てた家で、伊邪那美が調理した食事を口にした竜道寺が一息ついたところで、


「あの男と何か話しているようであったが、修行のことか?」

「え? あ、はい」

「ふむ……」


 伊邪那美から少し距離が離れていた事もあり、彼女は竜道寺と桂木優斗との会話を耳にする事はできなかった。


「――で、何と?」

「明日から肉体改造に入ると言っていました」

「今のままでも十分ではないのか?」


 竜道寺の言葉に眉根を顰めた伊邪那美は、即答で、そう言葉を返す。


「――で、ですが……。師匠は――」

「前に言ったはずじゃ。強くなり過ぎて人という定義から外れれば、それは――「分かっています」――ッ」


 伊邪那美の心配した言葉を途中で遮った竜道寺は、真っ直ぐに伊邪那美を見つめ返す。


「たしかに今の自分は多少は強くなったと思います」

「多少所ではないぞ?」

「それでも、アレには遠く及びません。病院に姿を見せたやつには――」

「……止めるつもりはないということか?」

「はい」

「そうか……。すまなんだな。余計なことを口にした」

「いえ。伊邪那美さんが自分のことを心配して言ってくれたのは分かっていますから」

「ほうか」


 伊邪那美は、どこか思案した表情をしたまま、


「今日は風呂に入りゆっくりするとよい」

「はい」


 竜道寺は頷くと自分が使っていた食器やコップを流しに置くとタオルを手に脱衣所へと向かう。

 そんな後ろ姿を見送ったあと、険しい表情をした伊邪那美は家から出たあと、外で番犬代わりに魔物を討伐している優斗の元へと向かった。

 彼女が家から出て回りを見渡すが、桂木優斗の姿は見えない。

 代わりに上空から風を切る音と共に、体長200メートルを超える真紅のドラゴンが落下してくるのが、伊邪那美の瞳に映る。


「――な、なんじゃ……あれは……」


 その重量、威圧感、存在感共に、冥府の女王であり日本創世神話の一柱である伊邪那美命ですら絶句するほどの力を有しているエンシェントドラゴン。

 それは地面に落ちる直前に塵も残さず消し飛ぶ。


「――ひ、光!?」 

「何だ、伊邪那美か? どうかしたのか?」


 闇夜の中に迸る太陽の如き刹那の極光。

 それに目を焼かれた伊邪那美は、声がした方を見るが、視界が回復するまで時間を要した。


「まともに光りを見たのか……。夜だから、瞳孔が開いているから注意してくれ」


 その言葉と共に、伊邪那美の視界が回復する。


「すまぬ」

「いい。それよりも、竜道寺の――、魂だったか? 回復はどうだ?」

「それは問題ない。それよりも、お主に聞きたいことがあって来た」

「俺に聞きたいこと?」


 桂木優斗が『はて? 身に覚えがないが?』と、言った様子で、伊邪那美の方を注視する。


「うむ。お主は、あれ以上の肉体強化を、あの者に加えてどうするつもりじゃ?」

「どうするも何も、まだ当分は――」

「そうではない!」


 伊邪那美は、頭を振るう。

 

「じゃなんだ?」

「あの者の肉体を、あれ以上、強化するのであれば、それは人間を逸脱する事になるのだぞ? すでに十分であろう?」

「伊邪那美、訓練の方式については、口を出さない約束だったはずだぞ?」

「それは――」

「それに、強くなることは竜道寺自らが――」

「それは、一体、どのくらいかかるのじゃ」

「当分は、身体強化をメインとしているから……」

「しているから?」

「500年程度は考えている」

「駄目じゃ!」

「どうしてだ?」

「あれはお主とは違う! あれは人間なのじゃぞ?」

「知っているが?」

「分かっておらん! お主は何も! 我々、神々も其方がどういう風に力を得たのか、それすら把握できていない。だから、お主がどういう存在なのかも薄っすらとしか分からない。だが、人間の領分を超えれば、その先にあるのは破滅じゃ」

「……」

「それは、お主が一番、理解していることではないのか? それだけの力を持っているのなら分からないわけでもないであろう? 人の魂は心の在り方は強く――、そして脆い。何百年も正気を――、正常を保てるなぞありえぬ」

「……分かった」


 やけにすんなりと引き下がった桂木優斗に、伊邪那美は呆気に取られる。


「随分とすんなりと引き下がるのだな」

「まぁ、アイツは人間だからな……。人を守りたいというのなら、人の枠組み内で抑えておくのもありだろう?」


 おどけたように肩を竦める桂木優斗に、どこか違和感を覚えた伊邪那美であったが、目の前の男が、そう語るのなら約束はある程度は守るであろうと思考したところで、


「じゃ、本格的な修行は明日からになるな」

「本格的とは?」

「神を滅する技の修行に入る」

「お主は、目の前に神が存在しているというのに、その妾に向かって面と向かっていうのかえ?」

「今さら隠したところで何になる? (まぁ、身体強化については、技を覚える時点で乱取りである程度は身に付くから問題ないだろ)」

「はぁ、それと――」

「まだあるのか?」

「うむ。あまり、連続して、この世界にいるのは危険じゃと妾は判断した」

「ほう。完璧に設定したはずだが……」

「――いや、あの者……竜道寺じゃが……。何度も生死の境を彷徨ったことで魂のオーラ色が、急速に男から女子のそれへと肉体に引き摺られて変化してきている」

「まぁ、問題ないだろ。性別なんて――」

「そう考えるのはお主だけじゃ!」


 

 

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