第726話 まずは軽いウォーミングアップからだな(1)

 ――翌日、俺は平原に座りながら後ろから近づいてくる足音で瞼を空ける。


「休憩は済んだのか?」

「はい。師匠」

「そうか」


 俺は竜道寺の方を向く。

 その表情は、どこか俺を伺うような色合いを見せていたが、たしかに心身ともに充実した電磁波を体全体から放出していた。


「ふむ」

「申し訳ありません、師匠。せっかく修行をつけて頂いたというのに……、昨日は無様な姿を――」

「気にすることはない」


 俺は、竜道寺から少し離れた後ろに立っている伊邪那美へ視線を向ける。

 何故か心配そうな表情を竜道寺に向けてきているが、まったく伝承と違って人間に随分と甘い神らしい。


「その甘さが――、優しさが爪の垢だけでもあったのなら違ったのかも知れないな……」

「師匠?」

「何でもない。それよりも、昨日のことは覚えているな?」


 途端に、俺から目を逸らす竜道寺。

 体も振るわせていることから記憶はしているようだ。

 

「は、はい……」

「それならいい。さて、この世界には、ああいうモンスターが多数生息している。そのことをまずは説明しておく」

「そ、それでは……あれは……師匠が……?」


 竜道寺が、俺が座っていた所から少し離れた場所を見ながら呟く。

そこには無数の魔物の死体の山があった。

その数は1000体に届くだろう。


「まぁ、普通よりも多く設定したからな。食料に事欠かないし」

「そ、そうなのですか……」

「それに魔物を外で討伐する奴がいないと、せっかく俺が建築した建物が壊されるだろう?」

「そ、それはそうですが……。あれだけの数、寝ていないのでは……」

「問題ない。それよりも修行を始めるぞ」

「は、はい!」


 俺は草原の原子に干渉し、ホワイトボードとマーカーを作り出す。

 そしてホワイトボードに文字を書いていく。


「まず、竜道寺。お前に修行をつけている初期段階として今は体の感度を100倍にしている事は覚えているな?」

「――は、はい」

「第一段階としては肉体を操作する上で神経を感覚的に掴むこと。次に、効果的な肉体強化を行う。肉体強化を行う前段階に筋肉を操る神経組織の増強を行う。そこから筋肉をつけていく。ここまでが、まずは身体操作を行う上での準備段階だな。これらを3日で習得してもらう」

「――え?」

「3日だ。文句はあるか?」

「い、いえ」

「よし、なら――」


 俺は、竜道寺に語り掛けながら空中の原子からナックルを作りだす。

 そして、それを竜道寺に放り投げる。

 竜道寺はナックルを受け取り怪訝そうな顔色を浮かべる。


「――まずは、今向かってきているオークキングを倒してみろ」

「……お、オークキング?」


 まだ距離は300メートルほどあるが、オークは鼻がいい。

 すでに此方のことは発見しているだろう。

 魔物の姿を見て躊躇する竜道寺を横目に。


「まずは倒し方を教えてやる。よく見て覚えろよ?」


 地面を軽く踏む。

 そして、地面を蹴る。

 速度は竜道寺の目で見られる程度の速度。

 一瞬で、オークの集団を率いていたオークキングとすれ違うと、身長2メートル、体重300キロを超す巨漢のオークの頭を殴りつけて粉砕。

 100を超えるオークの集団を1分もせずに殺したところで、ようやく自分が率いていたオークの集団が全滅したことを気が付いたオークキングが俺を睨みつけてくる。

 ただ、俺はそれらを無視して先ほどまで立っていた竜道寺の傍へと刹那の速度で移動した。


「こんな感じだ。とりあえず、オークキングだけは残しておいたから、まずはお前の出来る範囲でいいから倒してみろ」

「……ちなみに強さは……」

「そんなに強くないな」


 冒険者ランクで言えばBランク相当の魔物だ。

 アガルタの世界のダンジョンでは、比較的ポピュラーな低レベルのボスモンスターの一匹。

 ゴクリと唾を呑み込む竜道寺。

 竜道寺は、1歩、俺の前に進み出る。

 俺が見てる中で、竜道寺は一歩一歩歩き――、近づいてきていたオークキングと対峙した瞬間、横薙ぎに振られた4メートルを超える棍棒をまともに胴体に喰らい吹き飛んだ。


 草原の上を転がっていく竜道寺。


「何をしている! 殺気を感じた瞬間に避けろ! 何のために銃弾を避ける練習をしたとおもっている!」


 叱咤激励する中で、竜道寺は右腕を左手で抑えながら立ちあがる。

 額からは血を流しており、両足は生まれた小鹿の如く震えていた。




 


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