第721話 さあ、修行の始まりだ! (6)

「お兄ちゃん!? 誰なの! その美人さんっ!」


 家路につき、玄関に入ったあと、俺を出迎えた妹の胡桃の第一声。


「俺の弟子の乙姫だ」

「おとひめ? 乙姫? あの竜宮城の御話しで出てくる乙姫様?」

「胡桃、何を勘違いしているか知らないが、こいつは人間だぞ」

「え? ――そ、そうなの? てっきり白亜さんみたく、妖怪かと思ったの!」


 どうやら、胡桃の常識がおかしくなっているらしいな。


「マスター。おかえりなさい」


 玄関で靴を脱ぎつつ、胡桃と会話をしていると、エリカが姿を見せた。


「ああ。ただいま」

「……マスター」

「どうした? エリカ」

「魂が変な人を連れている……どういうことですか?」

「ん? どういうことだ?」

「オーラが――、オーラの色が不安定?」

「オーラの色?」

「そう。男と女の境って感じ」


 ほう、エリカは一目で分かるのか。

 俺には、まったく分からないが、とりあえず竜道寺は女装しているだけだが。


「さすがだな。エリカ」

「当然です、マスター。それよりも、その人は一体……」

「そのへんは、リビングで説明をする」

「分かりました。胡桃、マスターに出す飲み物を用意しましょう」

「う。うん」

「竜道寺、さっさと入ってこい」


 俺は婦警姿のままの竜道寺を家の中に連れ込み、リビングまで案内する。

 リビングに到着したところで、竜道寺が俺の弟子になったこと。

 そして元は男であること。

 修行中のために、女装させていることを説明した。

 

「――じ、女装って……遺伝子レベルって、それはもう! 今! ネット小説で話題のTSFとか! 女体化とか! 性転換じゃないの? お兄ちゃん!」


 ずっと黙って話を聞いていた胡桃が興奮した面持ちで捲し立ててくる。


「少し落ち着け。まぁ、胡桃が言う通り、それに近いかも知れないということは、可能性的にはあるのかも知れないな」

「あるのかも知れないの……」


 胡桃が興味深々と言った様子で、婦警の恰好をしたまま正座している竜道寺に近づき、腰まで伸びている艶やかな黒髪に触れる。


「すごい! 同じ女でも羨むほど綺麗な髪質なの!」

「たしかに……、マスターの力がすごいのは知っていましたけど、これほどとは……。それにしても弟子を取るのは思いませんでしたが……」

「えっと! 私は桂木胡桃だよ? お兄ちゃんの妹なの! おじさ――、お姉さんは、婦警さんでいいの?」

「あ――」


 そこで、いきなりの事に圧倒されていたのか竜道寺が畏まる。


「自分は竜道寺幸三と言います。千葉県警察本部で警視をしております」

「今の名前は、竜道寺乙姫だから乙姫でいいぞ」

「それじゃ乙姫ちゃんでいいの?」

「乙姫……、さすがはマスター」

「……乙姫でお願いします」


 胡桃とエリカからツッコミを受けて訂正する元気もないのか、竜道寺は溜息交じりに納得したようだ。


「――で、白亜は、どこに行ったんだ?」

「えっと、知り合いに頼まれたからって、所用って、お兄ちゃんが帰ってくる5分前に出かけたの」

「そうか……」


 珍しいな。

 白亜が出かけるなんて。

 そう思ったところで、ベランダ側の大窓が風でガタガタと揺れる。


「帰ってきたようだな」


 視線をベランダへと向ける。

 すると、大窓の向こう側――、ベランダには絶世の黒髪美女である伊邪那美命と、金髪碧眼のエルフのような見た目をした美女、パンドーラが白亜と共に立っていた。




 


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