第718話 さあ、修行の始まりだ! (3)第三者視点

 ――千葉商工会議所ビルの遥か下に位置する大空洞。

 大空洞の壁面には、エレベーターが設置されており、そのエレベーターのドアが音を立てて開いた。


「住良木様」

「どうかしましたか? 田原」


 エレベーターから降りてきた男はスーツを着た神社庁の男であった。

 年齢は30代前半と言ったところであったが、神社庁の中でも強い霊力を有しているA級霊能力者であり、千葉商工会議所ビルの地下に大空洞が存在している事を知っている数少ない人間であった。

そんな男は、修練場で修行を行っている峯山純也と天野桔梗を横目で見たあと、手にしていた青いファイルを住良木に差し出した。


「巫女姫様より伝令です」

「巫女姫様から?」


 巫女姫――、神社庁のトップであり天皇家と双璧を成す神々の祭祀を行う者。

 本来であるのなら、伝令が直接来ることはないとされている。

 巫女姫が告げる内容は国を左右することが往々にしてあり、12神薙の一人である住良木であっても直接出向くことが義務付けられていたからだが。


「それは、本当ですか?」

「はい。間違いありません」

「そうですか……」


 田原という男からファイルを受け取る住良木。

 そしてファイルを開いたところで溜息をつく。


「住良木様、どうかされましたか?」

「――いえ。この仕事は引き受けると返しておいてください」

「分かりました」


 男がエレベーターに乗り込んだのを確認したあと、住良木は渡されたファイルに目線を落とす。

 そこには、仕事を依頼したのは、日本国政府、内閣府直轄特殊遊撃隊と書かれていた。


「桂木殿が、原因ですか……」


 住良木は、桂木優斗の名前を呟き、仕事を押し付けてきたのではなく修行の一環として、霊障問題を振ってきたのであろうと推測する。

 

「優斗が、どうかしたんですか?」


 修練場の方で、天野桔梗から修行をつけられていた峯山純也は桔梗の『桂木殿』という言葉に反応し、住良木に話しかけたのであった。

 

「随分と身体強化を使えるようになったわね」

「そりゃ――、天野さんに鍛えられていますから」


 半笑いしながら答える純也に――、


「まだまだじゃな。それよりも何かあったのじゃろう?」


 峯山純也と共に、近づいてきた天野桔梗の問いかけに頷く住良木。


「どうやら、日本国政府から私達に依頼みたい」

「ほう……。お上から依頼とはな……。――で、その依頼に桂木が関わっていると?」

「ええ。元々は陰陽庁の管轄だったみたいだけど、長年、結界に閉じ込めるか、放置もしくは監視だけで事実上、何も出来なかったみたい」

「ふむ……。陰陽庁と言えば、私が巫女をしていた時代は、かなり強い力を持った組織であったが……」

「それって400年前の話ですよね? 今の陰陽庁は、トップが桂木殿で、他は、A級霊能力者が数十人程度の規模です」

「かなり組織としては衰えていると言ったところかの? まぁ、事実上、あの男が陰陽庁の最大戦力であり、ワンマン組織になっておるが……」

「そうですね」


 天野の言葉を住良木は肯定する。

 それと共に、陰陽庁だけではなく【日本国の最大戦力】ですと付け加える。

 実際、底知れぬ力を有していて、日本国における全ての神々が、桂木優斗の行動を静観している事は、すでに神社庁も把握しており、巫女姫からも桂木優斗には最大の敬意を払えと神社庁に所属している全ての力ある霊能力者には厳命されていた。


「――で、その男からの依頼ということか?」

「はい。おそらくは桂木殿の右腕の神谷警視長から、日本国政府に対して働きかけがあり、内閣府経由で神社庁に依頼があったかと」

「その時に巫女姫とやらが関与したと?」

「そこまでは分かりません。そもそも巫女姫様が関与したのなら呼び出しを受けているはずですから」

「なるほど……。――で、仕事の依頼というのは?」

「こちらになります」


 天野桔梗は、住良木からファイルを受け取り目を通していく。


「中々に塩漬けの依頼が多いのう」


 仕事内容が書かれている紙を一枚ファイルから取り外した天野は、口角を上げる。


「これとか面白そうだのう。――島民が全員、一夜にして消息を絶った事件か。中々に面白そうではないか?」

「それって、かなり危険な気がしますが……」

「まぁ――、修行の一環としては良いのではないか?」


 天野は、横で複雑そうな表情をしていた峯山純也を見る。


「どうじゃ? 純也よ。そろそろ修行も飽いたであろう? 少しは実戦経験を積むのも良いかも知れぬぞ?」

「俺で大丈夫ですか?」

「何とかなるじゃろう」

「まぁ、桔梗さんと天野さんが来てくれるのなら」

「何を言っておる。お主一人で行くんじゃよ」

「――え?」

「そもそも妾のような半神が、神隠しが起きた場所に近づけばどうなるか分からんからのう」

「たしかに、そうね」


 住良木も、桔梗の言葉には頷く他無かった。


「――ほ、本当に俺一人で?」

「まぁ、それでも心配なら桂木殿に何人か応援を出してもらってもいいんじゃないかしら?」

「優斗に……」


 どうしようかと純也が迷っている中、住良木が電話をする。

 相手先は、桂木優斗であった。

 1分ほどの会話のあと、電話を切った住良木は純也の方を見る。


「桂木殿が3日後で良いなら、弟子を寄こしてくれるって」

「弟子!? 優斗が?」

「ええ。大丈夫かしら?」


 思わず無言になる純也。

 そんな踏ん切りがつかない純也を見ていた天野桔梗は口を開く。


「峯山純也、お前は友人を何とかしたいのだろう? なら、実戦経験を積む必要がある。それともお前の決意は嘘なのか?」

「そ、そんなことは!」

「――なら決まりじゃな。まぁ、境界の外には妾も住良木も待機しておる」


 ニヤリと笑みを浮かべる天野桔梗を見て、住良木は仕方ないと言った表情をして載せられた峯山純也を気の毒そうに見た。

 




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