第704話 奇跡の聖女(18)

「分かりました。桂木警視監が、そうおっしゃるのでしたら――、ただ問題があります」

「問題?」

「その姿です」

「ふむ……、それは女の姿をしているという点か?」

「はい」


 コクリと頷く神谷警視長。

 たしかに女装している姿は、俺が俺であるという証明というか俺という証拠は皆無だな。


「――なら、どうする?」

「桂木警視監の女という事にしたらどうでしょうか?」

「アホなのか?」

「それが一番安全だと思います。これからのことを考えると」

「安全面か」

「はい」

「まったくの別人という事でもいいですが……、どちらにせよ戸籍は必要となりますが」


 まったく色々と戸籍とかメンドクサイな。

 異世界に居た時には田舎から出てきたってだけで何とでもなったものを。


「とりあえず、俺の女という案は破棄だ」

「そうですか……。それでは、どうしますか? 何かしらの背後関係を作っておきませんと、探られた時に困ると思いますけど……」

「そうだな……。それなら、神の代行者って事にしておけばいいんじゃないのか?」

「そういえば、桂木警視監は――」


 そこで俺は神の力を手にした日本人だと神谷は思い出したのか何度か頷く。


「それでは、その御姿の時は、巫女ということに――」

「いや、巫女だと神社庁と被るからメンドクサイから聖女ってことにしておこう」

「――せ、聖女? それだと欧州教会が何かしら文句を言って来そうですけど……」

「その時には力で何とかすればいい」

「……のうきんですね」

「何とでも言え」

「それで、名前はどうしましょうか?」

「そうだな……」


 この身体は、もともと異世界のハイエルフの体をトレースし作り上げたものだからな。

 それなら、その体に沿った名前がいいだろう。


「エリーゼ・フォン・リンゼルブルグで名前はいいな」

「随分と長い名前ですね。その設定で行かれるんですか?」

「まぁ、そうだな……」


 俺は肩を竦めコーヒーを口にする。

 流石に苦いな。

 肉体を男から女にしたから味覚も変わっているか……。


「それにしても、咄嗟に出てきた名前としては設定がシッカリしているように見受けられるのですが、もしかして……」

「何を言いたい?」

「いえ。以前から、そのような名前を考えていたのかと思っただけです」

「そうじゃない」


 ――エリーゼ・フォン・リンゼルブルク。

 

 魔王が支配していた領域の辺境に存在している小国――、エルフの国であるクルーゼ王国の王家に仕える侯爵家――、その一人娘だ。

 エルフ族だけあり精霊信仰が主であり、そこの神官として働いていた。

 魔王を俺と討伐したあとは聖女と讃えられていたが――、


「それでは――」

「細かいことはいい。それよりも、バックボーンだが」

「孤児という事にしましょう」

「ふむ……」

「容姿から異邦人の孤児という事にしておけば、遡って詮索することは無理だと思いますので」

「分かった。その辺は神谷に一任しておく」

「分かりました。それで、これからのことですが――」

「これからの?」

「はい。山王総合病院を動かしたという話は政財界を通して短い期間で情報は流れると思います。そうなりますと、治療を求めている富豪などは、日本政府に対して圧力をかけてくることが予想されます。その際には、どうしましょうか?」

「そうだな。――ならば、対応できる範囲で応対すればいい」

「分かりました。それでは、すぐにそれで話を進めておきます」




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