第699話 奇跡の聖女(13)

 病院の入り口まで距離としては50メートルもない。

 そんな距離を歩いていく中でも、俺の後ろをついてきている竜道寺は脂汗を額から流しつつ、付いてくる。


「――し、師匠」

「どうした? もしかしてギブアップか?」

「い、いえ……」


 足を止めて言葉を返した俺に対して竜道寺は、慌てて顔を背けていた。


「それよりも師匠。その姿は、問題ないのですか? 先ほど女装と言いましたが、骨格から何から何まで変わっていたという事は痛みなどは……」

「普通にあるが、それがどうかしたのか?」

「あるんですか……。ちなみに、どの程度の痛みが……」

「普通の人間なら発狂して地面の上でのたうちまわる程度だな」

「ま、またご冗談を――」

「ほう……」


 遺伝子レベルどころか原子レベルで自分の意志で自部の細胞を弄りまわし構成を組み替える。

 その大変さが分かっていないようだな。

 俺は竜道寺に近づき、肩に手を置く。

 

「とりあえず、お前もやっておくか?」


 すでに俺たちの車が停まった事は、遺体を運んできて待機している警察関係者が気付いており、こちらへ視線を向けてきていたので、彼らの前で原子を弄って竜道寺を女装させるわけにはいかない。

 そう考えて、俺は竜道寺の女の腰回りほどある首を捕まえると車の方へと連れていく。

 無理矢理引き摺ったことで、体に痛みを覚えたのか失神した竜道寺を車の中に放り込んだあと、生体電流を利用した電気ショックで竜道寺を強制的に眠りから覚まさせる。

 もちろん、「ぎゃあああああああ」と、言う感度100倍のために無理矢理引き上げられた痛みを体感して煩い絶叫を上げていたが、それは気にしない。


「コヒュー、コヒュー」


「だらしないやつだな。その程度か? お前の覚悟は――」


 俺は溜息をつく。

 少しすると竜道寺が目を覚ます。


「ここは……」

「車の中だ。ようこそ地獄の一丁目に」

「し、師匠……。何をするつもり……」

「決まっているだろ? 弟子に師匠は何をしてもいいんだから」

「そ、それは――」


 俺は竜道寺の頭に手を置き、無理矢理に竜道寺の原子細胞を書き換える。

 もちろん、竜道寺が女に生まれて女として成長した場合を想定して遺伝子も組み替えているに過ぎない。

 まぁ、その過程はもちろん何度も体を痙攣させて口から泡を吹いている竜道寺を見る限り、想像を絶する痛みなのは想像に難くないが。


「――ハッ!」


 10分ほどすると竜道寺が息を吹き返す。


「どうだ? どこか痛いところはあるか?」

「――いえ。それよりも、何だが……、とても声が高いような――」

「そうか……」

「はい。まるで自分の存在が書き換わるような夢を見ていたような――、まさか感度100倍程度で、気絶するなど……」

「ならさっさと起きろ」


 俺は車から出る。

 竜道寺も、俺から遅れて車から出て――、


「あああああああああっ!?」


 ――と、絶叫した。

 

「――し、しししし」

「煩い。落ち着け」

「落ち着いていられません! あと! こ、この服は! ――と! 言うか! この体は!」


 矢継ぎ早に捲し立てるように聞いてくる竜道寺に俺は額を押さえる。

 竜道寺の本来の骨格は190センチ超えの体躯もプロレスラーと見間違うくらいの大男で筋肉質。

 そんな体は、今――、そんな面影は何処にもない。

 現在の身体付きは身長150センチ前後、体つきは女性らしく凹凸がハッキリしており、さらに年齢も数歳は若返っている。


「お前の遺伝子を弄って女装させてみた」

「――じっ、女装!?」


 竜道寺が慌てて自身の体を確認すると、あっと言う間に顔色が青くなっていく。


「……ど、どうして……」

「お前が興味深々に聞いてきたからだろ? どうだ? 女装した時は痛かっただろ? 何度も失神していたしな」

「……こ、これって……元に戻れますよね?」

「しばらくは、そのままで過ごすのも手だと思うぞ? あまり強い体で鍛えるよりかは弱い体の肉体を効率よく使えるようにする経験を積んだ方が強くなるからな」

「……そ、そうですか……。――で、ですが……何故にナース服なのですか?」

「俺が女医の恰好をしているのだから、お前がダークスーツを着てたら問題だろ? 目立つだろ? だったら美少女寄りのナースというか看護師を連れて歩いた方が自然だろう?」

「……はぁ」


 竜道寺が深く溜息をつく。


「さて、納得したところで行くとするか」



 


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