第696話 奇跡の聖女(10)

 3時間ほど経過したところで、ソファーの上で寝転がっていた白亜が立ち上がる。


「ご主人様」

「エリカが戻ってきたのか?」

「はい。妾の領域に存在が確認できました故」

「そうか」


 どうやら日本国政府は、裏ではどう考えているかは知らないが、エリカに対して何かしら手を出すような真似をしないというのは本当のようだ。

 数分したところで俺の波動結界内でエリカが乗っている車が入ってくるのを確認する。

 車から降りたエリカは真っ直ぐに公団住宅の敷地内に入ってくる。

 しばらくすると、家の玄関――、そのドアのカギが開錠される音が聞こえてきた。


「お兄ちゃん。エリカさんが戻ってきたみたい」

「だな」


 ソファーから立ち上がり、玄関まで移動すると丁度、エリカが靴を脱いでいる場面に出くわす。


「おかえり」

「只今戻りました。マスター」

「ああ。無事で何よりだ」

「無事で? 何か、問題でも起きましたか? マスター」


 エリカにはウクライナの大使が殺されたという話は届いていないようだ。


「ああ。ウクライナ大使が殺されたと日本国政府から連絡があった」

「キース大使が?」

「名前は知らないが、先ほど、ニュースで流れていた」

「犯人は?」

「夏目総理が言うにはロシアの工作員が有力だという事だ。エリカは、何かおかしな点とか気が付かなかったか?」

「――いえ」

「そうか」

「それで、日本国政府と警察は私に疑いの目を向けているのですか?」

「――いや、お前が大使と会談を行ったあと――、大使館を出たあとに大使が殺されたと報告が上がってきているから、お前には確かなアリバイがあるから、そこは問題ないはずだ。日本国政府も、エリカは無実だと言っていたからな」

「そうですか……。マスターに迷惑をかけずに済んでよかったです」


 エリカがホッとしたような表情をしたあと、靴を脱ぐ。


「マスター。先にシャワーを浴びてもいいでしょうか?」

「問題ない。ゆっくりと風呂でリフレッシュしてくれ」

「はい」


 エリカが脱衣所に入っていきスライド式の木製の扉を閉めたところで、


「ご主人様。どうやら日本国はエリカには直接的に関わってはいないようですね」

「そのようだな」


 白亜の言葉に俺は頷く。


「お兄ちゃん、携帯が鳴ってるの!」

「あ、分かった」


 リビングに置いてあった携帯が鳴ったことを、妹の胡桃が知らせてくれる。

 すぐに戻り携帯を取る。


「俺だ」

「申し訳ありません、夜分に遅く――」

「気にするな。それよりも、何か問題でも起きたのか?」


 電話をかけてきた相手は神谷。


「いえ。問題というよりもセンチュリービルで死亡した全員の遺体の移動が済んだご報告になります」

「場所は山王病院でいいのか?」

「はい。一室に全ての遺体を搬入済みです。それで、これからどうしましょうか?」

「機械の搬入は終わっているのか?」

「はい」

「そうか。なら、とりあえず今から山王病院に向かうから、その旨を山王病院で作業をしている連中に伝えてくれ」

「分かりました」


 電話を切る。


「ご主人様。山王病院に行かれるのですか? もし行かれるのでしたら、妾の妖術で――」

「いや、ここは戦力を分散させたくない。とりあえず俺一人で行くからお前は都の護衛に専念してくれ」

「分かりました」


 指示を出したあと、俺は靴を履く。


「お兄ちゃん! どこかにいくの!?」

「ああ。ちょっと用事がな」

「大丈夫なの?」


 胡桃が心配そうな目で俺を見てくる。


「ああ、問題ない。それよりも、今日は早く寝てろよ?」

「うん」


 何だか納得しない表情の胡桃を置いて玄関から出たあと、俺は山王病院へ向かって移動するために、近くに停まっている車に近づく。

 近づき、運転席の窓を数回ノックすると運転席側の窓が開く。



「竜道寺、話は聞いているか?」

「はい。神谷警視長から大体のことは――」

「それは良かった。それじゃ山王病院まで行ってくれ」

「分かりました。ですが、師匠一人で向かった方が早いのでは?」

「それはそうなんだがな……」


 俺は曖昧に答えて後部座席に座る。

 その俺の態度に竜道寺は観念したように運転席のシートに座り直すと車を発進させた。

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