第695話 奇跡の聖女(9)
「夏目一元?」
相手の言葉を反芻するように呟くと、隣に座っていた胡桃がハッ! と、したような表情をすると、
「そ、それって――、内閣総理大臣!? お兄ちゃん!?」
「これは失礼致しました。私、日本国第99代内閣総理大臣をさせていただいております夏目一元と申します」
妹の声が聞こえたのだろう。
そう電話口の相手は自己紹介をしてきた。
その自己紹介に俺は内心では首を傾げた。
今まで俺に直接干渉してこなかった男が、このタイミングで直接電話をしてきたことに疑問を抱いたからだ。
「桂木優斗だ。電話口とは言え直接話すのは初めてだな」
「はい。本当は、もっと早くお会いしに伺いたかったのですが、何分、忙しく――、本当に申し訳なく思っております」
「――いや、こちらこそ世話になっている。俺を警察官僚に取り立てたり無駄な干渉をしてこないように手配したのは、夏目さんが手配してくれているのだろう?」
「私に出来ることはそのくらいですので――」
「なるほど……」
どうも、俺に対しての日本国政府の対応が緩すぎると思っていたが、やはり総理大臣が動いていたようだ。
「――で、このタイミングで電話をしてきたのはウクライナ大使の殺害の件か?」
「はい」
俺の問いかけに何も隠すことなく肯定してくる。
「日本国政府としては、桂木優斗様の庇護下にあるアディール氏がウクライナ大使を殺害するような真似をすることは決してないということは理解しております」
「ほう……」
どういう意味でエリカがウクライナ大使を殺害していないと判断しているのか是非に知りたいところだ。
「それではご説明させて頂います。ウクライナ大使と電話口で今後のウクライナへの支援について連絡を行ったのです。それもアディール氏が大使館を出たあとに」
「……つまり」
「はい。ご想像の通りです。アディール氏が大使館を後にしたことはウクライナ大使館の秘書が確認しておりますし、私からの連絡を繋いでいただいたログも確認できております。ただ問題は、私との通話中に唐突に話が途切れたことなのです」
「つまりアンタとウクライナ大使が会話している間にウクライナ大使が何者かに殺害されたってことか?」
「残念ながらそうなります。そして、犯人には心当たりがあります」
「……ロシアか?」
「お察しのとおりです。ロシアは、様々な国に諜報員、テロ活動家を潜ませております。イギリスやフランス、アメリカでもロシア大統領に立てついた亡命者が殺されている事は世間的には一般的に知られております。今回も、その一環だという事は既に公安から上がってきております」
「そうか……。――で、本題は?」
「日本国政府、警視庁としては犯人が都内に潜んでいると市民には知られたくなく、犯人をでっちあげても日本国の治安は問題ないと考えている勢力がいるようなのです」
「所謂、政敵ってやつか? アンタの――」
「そうなります。そこで矢が立ったのが――」
「エリカってことか?」
「はい。ただ、私としては証拠が不十分な無実な人間を日本国籍を有していないという理由で簡単に使い捨てるような真似をする事は非常に不当だと感じておりまして、そこで警視庁と公安に命じて、ロシアの諜報員が行ったということを通達している次第でして」
「なるほど……。つまり貸し一つということか?」
「そこまでは申しません。ただ何かあっても日本国政府――、内閣府は桂木優斗様の味方であるとご理解しておいて頂ければと思った次第でございます。何かあれば連絡を頂ければ、お力になりますので」
「ふむ……」
話が出来過ぎているな……。
こんな流れ、異世界で王族が良くしてきた計略に近い。
利用できる部分は利用してもいいかも知れないが、注意しておいた方がいいかもな。
「何か疑問でも?」
「――いや、何でもない。それよりも直通の連絡番号を知らないが?」
「それでは――」
相手が、電話番号を伝えてくる。
それをボールペンで紙に書いていく。
「桂木優斗様。では、何かありましたら連絡をください。ウクライナ大使館の件については日本国政府の方で処理しておきますので」
「分かった」
短く答える。
電話がすぐに切れたところで――、
「お兄ちゃん? 首相から電話があったの?」
「ああ。何だか、俺に対して気を使ってくれているみたいだな」
「そうなの?」
「ああ」
「ご主人様。相手は、国の重鎮じゃ。言葉通りの可能性は――」
「分かっている」
会話口調から、ある程度は相手が信用できる相手かどうか分かる。
それは異世界で王侯貴族相手に嫌と言うほど関わってきたから。
「まったく面倒だな」
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