第693話 奇跡の聖女(7)第三者視点
アディールがウクライナ大使館から出ていく後ろ姿を、執務室から見下ろして確認したあと、溜息をつくと同時にキースは執務室の椅子に腰を下ろす。
「はぁー。まったく交渉が失敗に終わるとは――。それにしても、以前に遠目で見た少女とはまったく雰囲気が違ったな」
ウクライナ大使館の大使であるキースは、指を組みながら、今度、どうするか思考しようとした。
そんな中で、執務室のテーブルに置かれている電話が鳴る。
「誰だ? こんな時に」
そうキースは不機嫌さを滲ませながら受話器を取る。
「私だ。キースだ」
「大使。日本国政府から連絡です」
「日本国政府から?」
心当たりがまったくないキースは、内心では首を傾げながらも、事務員の言葉に取り繕った落ち着いた声色で、
「分かった。繋いでくれ」
そう女性の事務員に指示を出した。
すぐに通話が繋がる。
「ウクライナ大使館、大使キースです」
「夏目一元です」
日本国とも、首相とも言わずに名前だけを端的に伝えてきた相手に、キースは眉間に皺を寄せる。
「これは、日本国首相。本日は、どのような――」
「あまりこういう事は言いたくはありませんが、大使」
キースの問いかけを無視するかのように日本国首相は言葉を紡ぐ。
「日本国内で政府を通さずに警視庁への関与は控えてもらいたい。我が国の行政機関は、当国の行政ではないことは少し考えれば分かって頂けることかと思いますが?」
「……日本政府には話は通しましたが?」
「日本政府と言っても野党ではありませんか? 日本の行政を預かっている私を通してはいないはずです」
「――」
舌打ちをしながらもキースは思考を巡らす。
まずは電話の相手が本当に日本国首相であるのか? と、言う疑問。
そもそも警視庁の一部を動かしただけで日本国首相が釘を刺す為だけに電話をしてくるというのが信じられないことであった。
今までの日本国首相であるのなら、警視庁を動かしただけでは苦情を言ってくることはなかったからだ。
どう取り繕うか考えていたキースに対し、
「それと桂木優斗という少年には不干渉という事が国連で決まったことは既に周知はされていませんが?」
その言葉にキースは、ようやく夏目一元が直接電話をしてきた理由を悟る。
「何をおっしゃているのか……」
国連で桂木優斗に対して不干渉条約が決まった事は、すでに国連加盟国だけに止まらず多国籍企業のトップや大使にまで情報は出回っていた。
それを知らぬ存ぜぬで通せるとはキースであってもあり得ないことは重々承知ではあったが、認めてしまえば大使の立場が危うくなると瞬時に判断し惚けたのであったが――、
「やれやれ――。困った事をしてくれる」
キースの背後に唐突に出現する気配。
それと共に、彼の唐突に背後から、いきなり声が聞こえた。
「――なっ!」
慌てて振り返った彼は――、自身の目の前に一人の男が立っている姿を目にした。
「桂木優斗には、手を出してもらっては困るな。キース大使?」
「――ど、どうして日本国首相の――」
疑問を口にした途端、男の身体が執務室の絨毯の上に崩れ落ちる。
そして続けて、胴体と切り離された大使の頭が崩れ落ちたキースの体の近くに落ちた。
「どうして?」
すでに死体となった大使の体を見下ろしつつ、右手には漆黒の――、闇よりも暗い刃を持つ片手剣を手にしながら、夏目一元が穿き捨てるように呟く。
「貴様らウクライナが核ミサイルの技術を北朝鮮に売りつけたあとも、我が日本国は貴様らウクライナと国交を継続してきたというのに、今度は国連で採択された事すら守れないとは幾ら自国の利益の為とは言え日本国政府を――、日本国民を蔑ろにしたから来たんだろうに――」
そう口にしたあと、夏目は『魂砕き』と銘を持つ漆黒の刀身の剣を消す。
「――さて」
ウクライナ大使館から出ていくアディールを乗せた車を見下ろしながら、
「やはり計画を早める必要が出てくるか」
そう夏目一元は口にすると、その場から姿を消した。
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