第691話 奇跡の聖女(5)第三者視点

「そう言われるのは、私としては本望ではないから……」


 エリカは、表情から感情を削ぎ落し冷たい視線で自身を呼んだ男を見る。

 そんな彼女の視線をまったく気にするような素振りを見せずに、男は口を開く。


「そうそう言い忘れていた。私は在日ウクライナ大使館の大使の任を請け負っているキース・グランブルだ」

「自己紹介を先に済ますべきだったのでは?」


 在ウクライナ大使であるキースの言葉に駄目だしをエリカは入れながらも自身を何年も放置していたウクライナという国に対して何を画策しているのか? と思考していた。

 その時間を稼ぐ為に、キースの自己紹介に突っ込みを彼女は敢えて入れたに過ぎなかったのだが――、


「それは悪かったと謝罪しよう」

「――で、いまさら私をウクライナの国防に投入しようとでも?」


 考えうる限り、それ以外はエリカには考えられなかった。

 ロシアがウクライナに侵略戦争を仕掛けてきてからすでに10年が経過し、戦争が一進一退の膠着状態の中で、強力な兵器を戦に投入する。

 その程度は、エリカでも簡単に思いつく事であったが――。


「まさか――」


 在ウクライナ大使のキースは肩を竦めて否定の意を示す。


「……」

「オリジン・シスターを戦争に投入するほどの愚を犯すなぞロシア正教とウクライナ正教が許すわけがない。だからこそ、君をイングランド国教会で保護していたのだから。まぁ、神社庁は、君が本物の神と交信が出来る稀有な触媒体質だと知らないで霊力のみを見て引き取ったがね」

「……それじゃ私が――」

「ああ。イギリスでは、ロシアからの暗殺者による暗殺を防げないと三か国正教会が判断したから日本の神社庁に君に身柄を預けたに過ぎない」

「……」

「沈黙は肯定と取るぞ? オリジン・シスター」

「わ、私は……そこまで良い待遇でイギリスに滞在していたわけでは――」

「それは当たり前だろう? どこの世界に、重要な人物だと囲い込むようなことをすると思う? それもあからさまに。君が周囲の気配に鈍感だっただけで、常時、正教会からは護衛騎士がついていたのだよ」


 キースは、ソファーに座ったまま足を組むと、そう発言する。


「――それなら、今、私を呼んだ理由は――」

「ユウト・カツラギ」


 エリカの言葉を遮るかのようにウクライナの大使は桂木優斗の名前を出す。

 そして、言葉を続ける。


「君を庇護している彼の力を借りたい」

「……」


 思わず目の前の男が何を言っているのか? と、無言になるエリカに向けて男の口は流れるように動く。


「桂木優斗という少年は神の力を有しているという事は、本国から通達を受けている。そして、その力を借りることが出来るのなら、ウクライナはロシアから仕掛けられている侵略戦争に勝てると」


 キースは、国の防衛ではなく戦争で勝つと言葉を口にするが、エリカは頭を左右に振ると――、


「マスターは人間同士の戦争では動かない」

「マスターか……。ふむ……。報告通りだな」

「何を考えている?」

「何を考えているも何も君は本物の神と交信が行える稀有な才能を有する三人のオリジン・シスター最後の生き残りなのだ」

「……最後?」

「何だ? 報告が行っていないのか?」


 男は少し困ったような顔色をワザと見せたかと思うと、


「君の家族と、友人、そして同じ修道所に通っていた残りのオリジン・シスターは全員がロシアに殺されたのだよ」


 そう、キースは溜息交じりに呟いた。




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