第685話 葬儀(13)
「そう……なのね……」
トーンの落ちた声色で、同意を示してくる静香さん。
そんな彼女の声を聞きながら、俺は携帯電話を取り出す。
そして電話をかける。
「はい。神谷です」
数コール鳴ったところで、相手側と繋がる。
「俺だ。神楽坂邸に遺体を運べるくらいの車を手配してくれ」
「……どういう意味でしょうか?」
「神楽坂修二の遺体を移動する」
その俺の言葉に、数舜、時間が過ぎる。
そして――、
「分かりました。ただ遺体を警察の方で長期間保管できる場所はありません。ただ、山王総合病院の方では――」
「受け入れることが出来るということか?」
「はい。ただ、遺体の保冷室は限られています」
「限られている?」
その言葉に、今回の事件で亡くなったのは、修二さん一人だけでは無いということに気が付く。
それと同時に――、
「(ああ。そうだったな……)」
俺は、一人の――、都のために行動してきたことに気が付く。
それと共に、彼女の父親を一人だけ助けるのは、もしかしたら都に罪の意識を芽生えさせる可能性がある事に思い至る。
「はい。今回のセンチュリービルで死亡した遺体全てを収納できるほどの容量はありません。それに、保冷するとしても遺体を長時間保管するのは内臓から腐っていきますので難しいかと――」
「そうか……」
俺は視線を修二の方へと向ける。
そして口を開く。
「どうしましょうか?」
「問題ない。常温で保管する」
「それでは、遺体の腐敗が――」
「そこは問題ないと言っている」
「問題ないというのは……」
「生き返らせることが出来ないだけで人間の肉体を動かす術はある」
俺はハッキリと断定する。
簡単なことだ。
植物状態の人間だって生きている。
なら、そういう風にするべきだ。
まぁ、四六時中、俺が管理する必要になるが、それは仕方ないだろう。
だが保険は掛けておく必要はある。
「神谷」
「はい」
「生命維持管理装置の用意をしておいてくれ」
「それは人数分という事でしょうか?」
「そうなる」
「それでは、装置の維持にかなりの費用が――」
「必要経費だ」
――そう。
都に罪の意識を自覚させないための必要経費。
俺が救う人間を差別したのなら、それが彼女の負担になるだろう。
だったら、それは廃しておくべきことだろう。
「……分かりました。それでは、すぐに車をそちらへと回します」
「ああ、頼む。それと、一つ手立てを取っておきたい」
「手だて?」
「ああ。センチュリービルで死人が出たというニュースだが、それらを全て情報操作して隠蔽してほしい。全員が助かった時に、死人が出ていた――、死亡診断書が発行されていたら問題だからな」
「――分かりました。それでは、すぐに被害者遺族へ連絡をしておきます」
「ああ。それと、俺の給料から天引きで構わないから遺体となった被害者の家族――、それらに金を給付しておいてくれ」
「え?」
「死人は金を稼ぐことは出来ないだろう? だから、遺体となった人間が稼いでいた分の金は、俺が提供しよう」
「本当にいいのですか? かなりの必要になるかと思いますが……」
「必要なことだから問題ない」
「分かりました。すぐに手配致します。神楽坂邸に車を送りますので、お待ちください」
「頼んだ」
俺は、そこで電話を切る。
「優斗君」
すると、すぐに俺の名前を呼んでくる静香さん。
彼女は痛々しいまでの表情を俺に向けてくるが、どうして、そんな瞳を向けてくるのか俺には理解できない。
俺は出来ることをしたまでのことだ。
「静香さん。修二さんの体は預かっていきます」
「本当に、それでいいの? 優斗君」
すでに決定したこと。
俺は頷いたあと、修二の遺体を抱き抱えると部屋を後にした。
神楽坂邸のホールを抜けて玄関を出れば、丁度、黒塗りのワンボックスカーが目の前に停まった。
ワンボックスカーの中から3人の警察官が出てくる。
「桂木警視監! 神谷警視長より遺体の移動を命令されました」
そう一人の警察官が啓礼し報告してくる。
俺は、頷き修二の遺体を車に乗せたあと車はすぐに走り出す
「さて――」
俺は後ろを振り返る。
何とか間に合ったと思いつつ。
「そこの庶民っ! 俺様に何をした!」
目を吊り上げて、そう俺に怒りの矛先を向けて姿を現したのは、俺が昏倒させた男であった。
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