第684話 葬儀(12)

「――え?」


 そんな静香さんの声が聞こえてくる。

 ただ、そんな声は俺の心に響くこともなく――、ただ一つの光景が脳裏を駆け巡る。

 それは、都を失った時の光景で――、


「――っ」


 額に手を当てる。

 思わず駆け巡った頭痛。

 痛みには慣れたと思ったのに……。


「――お、俺は……俺は……俺は……、また都を守れな……かった……のか?」


 思わず歯ぎしりしながら、ふらつく体を両足で支えながら自問自答するように呟くが、それに反応したかのように、


「だ、大丈夫? 優斗君」

「……静香さん?」

「大丈夫なの? 何だか、とてもつらそうに――」

「――ッ!」


 俺は、静香さんが差し出してきた手を払いのける。

 彼女は俺が払いのけた手に、自身の手を添えつつ何か思案しているが、そんな彼女から俺は視線を逸らす。

 そして一番最善だと――、自分自身にとっては当たり前だと思っている事を思考し口を開く。


「静香さん」

「何かしら?」

「都には――、違う。修二さんの体を預かってもいいか?」

「どういうことかしら?」

「修二さんの体は修復したが、魂が見つからなかった。だが、それを何とかする方法を見つけたいと思う」

「え?」


 俺は静香さんから目を背けたまま言葉を続ける。


「だから、都には修二さんの体は司法解剖に回したと伝えてもらえないか?」

「それって……、でも葬儀は――」

「葬儀は、取りやめてほしい」

「そんなこと可能なの? 死んだ人を生き返らせることなんてできるなんて……」

「出来るかどうかは分からない。――が! 都を心を守るんだろう? だったら、修二さんを生き返らせる術を見つけるべきだ」

「優斗くん。私が言ったのは、そういう意味では――」


 俺は頭を左右に振る。

 彼女が何を言いたいのか理解は辛うじてした。

 だが、それでは――、それだけでは駄目だ。

 肉親を失って心の支えを失った――、それは俺が異世界で都を失った事と同じなら、失った柱と同じように、それに代わる代替案とも言える柱が必要だからだ。


 だから――、


「都には、俺が修二さんの体を取りにきたと言っておいてくれ」

「優斗君。それでは、修二さんが生き返る可能性があるという事を都に伝えても?」


 再度、俺は否定するかのように頭を振る。


「生き返るかどうかは分からない。そんな不確定要素を希望にするように――、そんなことに縋るような――、柱にするような物言いは止めてくれ」

「でも! それでは娘は――」

「俺が事件の捜査をする上で司法解剖するからと強制的に持っていったと言ってくれればいい」

「――そ、それって……、優斗君は何を自分で言っているのか分かっているの?」

「分かっている」


 きっと、都は俺を恨むだろう。

 間違いなく。

 司法解剖のために、短い時間でも亡くなった肉親との決別が促されるのだから。

 それも強制的に――。

 だが、大切な者を失った時に必要なモノは生きる為の動力源だ。

 その動力――、根幹は復讐や憎しみの方が力強く左右してくれる。

 

「そんなことをしたら、娘に嫌われるのよ? それでもいいの?」

「構わない」


 俺は都に好意を向けてもらえる人間なんかじゃない。

 そんな資格もない。

 好意を向けられるのなら憎しみを――、怒りを向けられた方が、どれだけ楽だろうか?

 彼女を守れなかった時点で、俺は彼女に――、都に憎まれることを望んでいたのだから。




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