第686話 奇跡の聖女(1)

 そんな男をスルーして、俺は玄関から出る。

 そして門扉の方へと向かうために歩を進める。


「――お! おい! 待て! 庶民っ! この俺様の声が聞こえないのか!」


 何か言っているが、ここで問題を起こすのは都たちに迷惑が掛かると思い、無視したまま俺は神楽坂邸の敷地から出た。

 すると、数十人の黒服の男達が俺を取り囲んでくる。

 さらに黒服の男達を見つめているブランド物を身に着けた30代から60代の男女が、俺を軽蔑するような視線を向けてきていた。


「そ、そこの貴様っ! この俺――、俺様が話しかけてやったというのに、無視しやがって! 逃げるつもりか! 犯罪者が!」


 丁度、神楽坂邸の敷地から出てきた男が、俺の背後から叫んでくるが――、


「何か証拠はあるのか?」


 俺は、振り向き視線を男へと向ける。

 年齢は20歳前後と言ったところか。

 それ以外は特徴も何もないが、貴金属を至るところに身に着けている事から、成金のように感じられるのは俺の気のせいではないだろう。


「――なっ!」


 目を見開く男。

 どうして驚くのか意味が分からないな。


「お、お前! この庶民が! この状況が理解できないのか!」

「理解できない? ふむ」


 俺は顎に手を当てて思考する。

 男が何を言っているのか意味が分からない。

 格闘技経験のある男達が48人。

 あとは、俺に語り掛けてきた男が連れてきた身長190センチ程度の――、これもまた戦闘経験がある程度ありそうな兵士が2人いる程度。

 本当に、その程度のこと。

 そして――、俺が目の前の男を気絶させたという証拠は一切ないはず。


「状況? 何を言っている? この程度の練度の連中を数万人程度集めたところで俺の脅威になるとでも本気で思っているのか? 小僧」

「――なっ!」

「そもそも、俺が何かしたと! ほざいているが、証拠はあるのか?」

「――し、証拠だと?」

「ああ。他人を疑うって事は証拠があるという事だろう? それが無いのなら、それは只の妄想だ」

「――も、もう……もうそう? この俺が妄想だ……と?」

「妄想じゃないなら、自分の失態を他人に押し付ける――、自分よりも社会的に劣っている弱者に転化しようとしている卑怯者だろう?」


 その俺の言葉に男は歯ぎしりすると――、


「お、俺は三津浜商事の――、日本を代表する総合商社である三津浜商事の御曹司! 三津浜 卓(すぐる)様だぞ! 日本でも歴史の長い! 華族でもある名家に血を連ねている! この俺様を! 卑怯者だと! ふざけるな! 何様のつもりだ! 庶民が!」


 そんな戯言を口にしてくるが、俺は溜息をつくと肩を竦めて口を開く。


「全部、ブーメランになっているぞ? それよりも、高貴な身分の人間は、庶民に言いがかりをつけるのは恥ずかしいことじゃないのか?」

「ふざけるなっ! もういい! 神楽坂家で失態をさせた貴様には! それなりの償いをしてもらうぞ!」


 三津浜商事の御曹司と語った三津浜 卓が、手を上げると男達が一斉に懐から警棒を取り出す。


「ふむ……」

「もう後悔しても遅いぞ! この下郎が! この卓様に逆らったことを後悔させてやる!」

「そうか……。つまり、この俺の敵になるという事だな?」


 そう――、俺は確認する。

 

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