第682話 葬儀(10)

「そうか……」


 寝ている都の様子を見てみれば、彼女の瞼は赤く腫れあがっているのが確認できた。


「これは……」

「ずっと娘はね、泣いていたの」

「都が?」

「ええ。娘から断片的に話は聞いたわ。優斗君から突き放されたような言い方をされたって事も――」

「……」


 静香さんの言葉に俺は沈黙する。

 

「でも、さっき貴方と話していて分かったわ」

「分かった?」

「死んだ人間に固執しても意味はないと――、そう貴方は言いたいのよね?」

「――いや、そういうことでは……」


 固執する事に意味がないのなら、死人に対する感情というのは、どんな意味を為すのか。


「違うの?」

「いずれ人は死ぬモノだ。それは戦場であろうと、病気であろうと」

「だから死んだ人間に対しては、気にするなと、貴方は娘に話したのかしら?」

「それは……」

「優斗君にも、死んでほしくない人だっているのよね?」

「……」


 静香さんの言葉に俺は無言になる。

 それを肯定と受け取ったのか静香さんは頷くと――、


「ねえ。優斗君」

「……」

「ずっと泣いていたから娘の瞼が腫れてしまったの。貴方の力で治すことは可能なのかしら?」


 その言葉に俺は頭を左右に動かす。


「治療出来ないという事かしら? やっぱり娘に何か思うところがあって?」

「そうじゃない。都の身体には、俺の力は上手く伝わらないんだ。だから、細胞修復することはできない」

「細胞修復?」

「ああ。人間の細胞というのは、増殖することで細胞の修復を行い、体を修復していく。その一連の動作が何かしらの要因により阻害されているから治せない」

「神の力でも?」


 コクリと俺は頷く。

 以前に、都に身体強化を施した時、まったくとは言わないが殆ど効果が確認できなかった。

 理由は分からないが……。


「そうなのね」

「ああ」

「ねえ、優斗君」

「何か?」

「優斗君は、娘に生きているのだから問題ないと口にしたとも聞いているのだけれど、それは娘に関することであって修二さんの事ではないのよね?」

「それは、そうだが……」


 何を言っているのか……。


「優斗君。娘は、父親を失ったこと――、そのことに関して心を砕いたのではなくて? その事に関して、貴方に聞いたのではなくて?」

「そのくらいは理解している」

「それなら、どうして貴方は都が生きていれば問題ないと語ったのかしら?」


 会話をしながらも静香さんに案内されるようにして部屋を出る。

 部屋の中で会話をしていれば、都が起きると静香さんが考慮したからだろうということは容易に想像がついた。


「それは……」


 そこまで口にしたところで俺は言葉に詰まった。

 俺にとって都が全てであり、それ以外の人間も世界もどうでもいいことだからだ。

 だから、それ以外はどうなろうと知った事ではない。

 でも、そのことを静香さんに伝える意味を感じないし口に出すことは、あの真実に繋がることになりかねない。




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