第681話 葬儀(9)

「はあー」


 深く溜息をつく静香さん。

 そして、困り顔で俺を見てくると「困ったわね」と、小さく呟く。


「何かあるのか?」

「ええ。ここに倒れている寄生――人たちは、神楽坂グループに圧力をかけてきているのよね」

「圧力を?」


 俺は、静香さんの言葉に、倒れている若い連中へと視線を向ける。


「ええ。夫が――、修二さんが経営していた神楽坂グループは、エレベーターのシェア率が日本一なのは、優斗君も知っているわよね?」

「まあな」

「その夫の会社に資材を卸していた総合商社が、そこに倒れている人たちの父親とか親族なのよね」

「つまり、資材が搬入――、取引が出来なくなると困るということか?」

「ええ」


 頷く静香さん。

 その間にも、静香さんの叫びを聞いた神楽坂邸に勤めているメイドや執事が集まってきた。

 誰もが、俺と静香さんを見たあと、倒れている男達に戸惑いの視線を向けていた。


「奥様。彼らは?」

「分からないわ。部屋から出たら、倒れていたの。すぐに介抱して頂戴」

「分かりました」


 神楽坂の執事が、俺に視線をチラリと向けたあと、無表情でメイドと協力して、倒れている男達を静香さんと対話をしていた部屋の中へと――、ソファーの上へと移動していく。


「奥様。彼らが目を覚ましたあとは、どうしましょうか?」

「それは、私が対応するわ。目を覚ましたら報告して頂戴」

「畏まりました」

「優斗君」


 静香さんが俺の腕を掴むと邸宅の奥へと向かって歩き出す。

 それは、都の部屋がある方角ではない。


「静香さん、どこへ?」

「今は、いいから」


 切羽詰まった様子で、俺の腕を引っ張ってくる静香さんに俺は黙ってついていく。

 そして、2分ほど通路を歩いたところで、両開きの扉の前で足を止める。


「この部屋は……」

「ここは、夫と私の寝室よ」

「寝室?」


 どうして寝室に? と、疑問が浮かんでいる間に、静香さんが静かに扉を開ける。

 幸い、メンテナンスは行き届いているようで、両開きの扉――、片方は音もなくカチャリと小さな音を立てるだけで外側に開く。

 扉が通路側に開くごとに室内が目に入ってきた。

 そして目に飛び込んできた光景に俺は眉を顰める。


「都……? それと、修二さんの遺体? どうして、ここに都が? それよりも――」


 どうして遺体の手を握ってベッドの横で顔を伏せているのか……。

 俺の疑問を他所に、静香さんは部屋の中へと音を抑えて入室する。

 音を抑えたと言っても人が入ってくれば、分かるようなモノだが、都は微動だにしない。

 理由は近づけば理解できた。

 都は、修二さんの遺体の手を両手で握りしめたまま目を瞑っていた。


「寝ているのか?」

「ええ。そうね……」




  

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