第660話 問われた感情

 大空洞から地上に通じるエレベーターに乗り込む。

 1階に到着した頃で、反対方向のエレベーターの扉が開くと、エレベーターからは表情を青くした都が姿を見せた。


「純也は――、どうして純也にあんなことをしたの!」


 縋りつくようにして、都が俺の服を掴んでくる。


「やっぱり見ていたのか……」

「見ていたわ! 竜道寺さんが――、神谷さんにお願いして」

「そうか……」

「ねえ? 優斗」

「どうした?」


 肩を震わせている都は俯いたまま、「あそこまでしなくても――」と、呟くが――、


「あそこまで? 別に死んでないし、死んでも、脳が生きているのなら俺だけでも生き返らせることは可能だぞ?」

「そうじゃないの! 純也は、私のことを思ってくれて! それで――」

「それで、俺に戦いを挑んだのか?」

「そうよ!」


 思わず俺は溜息が出る。

 

「――ッ」


 悲痛な表情を都が見せる。

 どうして、そんなに感情的になるのか。

 死んではいないんだぞ?

 生きているんだ。

 だったら、何の問題もないだろうに。


「くだらない」


 思わず出た言葉。


「……え?」

「くだらないと言ったんだ。たかが人間一人が死んだ程度のことで、感情的になって決闘の騒ぎをするなんて、非生産的すぎる」


 そう呟いたと同時に都に頬を引っ叩かれる。

 叩かれた理由は、大したダメージもないからだ。

 人間という存在は感情的になった時に、手が出ることがある。

 それを受ければ円滑なコミュニケーションがとる事ができる。


「……どうして……どうして……」


 ポロポロと涙を零す都。


「どうして、優斗は、そんなになってしまったの? 異世界に行ってきたって言っていたけど、本当に何でもなかったの? 何でもなかったのなら、なんで、そんなに変ってしまったの!」


 都は、自身の手の平を、自らの手で包み込むようにして叫ぶ。


「なんで?」


 俺は首を傾げる。

 別に俺は変わった覚えはないし、昔の俺がどういう考えだったかなんて覚えてない。


「だって! 優斗は、前に教えてくれたじゃないの! 異世界に召喚されたって! そこで何かあったのでしょう?」

「そうか……」


 都の言葉に、異世界に行ったという言葉は失言だったなと心の中で溜息をつく。

 何故なら、彼女だけには知られたくないからだ。

 あの事実だけは。


「言えないことがあったのでしょう? だったら――」

「何もない」


 俺は、都からの問いかけをバッサリと切り捨てる。


「どうして! どうして! どうして、そんな顔をして、何もないなんて言葉を言えるのよ!」


 俺は、今はどんな顔をしている?

 都には何が見えている?

 理解ができない。

 非合理的だ。


「俺は異世界に行く前から何も変わってない。もし俺と都たちの思考や思想に相違があるのなら、それは最初からだ。それと純也と行ったのは模擬戦だ。だから殺してはいない。殺したら模擬戦の意味はないからな」

「なんで、そんなに突き放した言い方しか優斗はできないの!」

「出来ない? 元々、俺は、こんな感じだが?」

「違うわよ!」


 感情的になった都が1階のエレベーターホールで叫ぶ。

 神社庁で借り切っている商工会議所のビルだからという意味もあり、1階には人影はない。

 だから、俺はエレベーターホールで都を自由にさせていた。


「何が?」

「優斗は、少なくとも誰かが傷つくのを――、傷ついたことに対して、そんなに割り切らないわ! お父様が死んだ時! 優斗は、私が生きていれば問題ないって言っていたけど、昔の優斗なら、そんなことは絶対に言わなかったもの!」

「また、その話か」


 思わずため息がでる。


「馬鹿! 優斗の馬鹿! どうして、そんなになっちゃたのよ! どうして! どうして! どうして、何も話してくれないのよ!」


 都の、その言葉に――、その涙声に――、俺の脳裏に都が目の前で喰われた時の記憶が一瞬フラッシュバックする。

 俺はフラつく。


「ゆうと?」

「なんでもない。それより、少し一人にしてくれ」

「待ってよ! 優斗! まだ話は――」


 彼女の涙声を無視したまま、俺は商工会議所ビルを出る。

そして身体強化し、俺を追ってくるためにビルから出た都を振り切るために、ビルの屋上へジャンプし移動した。


「優斗のばかーっ!」


 都の叫び声が聞こえてくるが、俺はフラッシュバックしかけた記憶を抑え込みつつ、空を見上げた。

 

 

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