第659話 模擬戦(3)

 俺は、わざと相手を挑発するように言葉を選んで発言する。


「まだだ!」


 純也が俺に指先を向けてくると、その指先が青く光り――、数舜のあと青い光を放ってきた。


「霊力の塊か?」


 飛んでくる霊力の塊の速さは銃弾よりも少し遅いくらいだ。

 それを、俺は紙一重で避ける。

 それと同時に、霊力の塊は、空中で爆発した。

 無数の霊力の塊となって散弾となって俺に向かってくる。

 それらを左腕一本で弾く。


「ここだっ!」


 振り向けば、霊力を刀に――、刀身の形にして振り下ろす純也の姿が――。

 左腕ではガードは不可能。

 ――だが、俺は霊力の塊を弾いていた左腕を体に引き付けると同時に、純也が振り下ろした霊力で作られた刀を倒れ込むことで回避する。


「――なっ! こ、これでも!?」


 倒れ込むと同時に霊力の塊も全て避け、さらには石畳に完全に倒れる前に左腕で体を支え、後方へと左腕一本で跳躍したあと、純也と距離を取る。


「ふむ……」


 異世界で言うのならAランク冒険者に少し及ばない程度の力と言ったところか。

 おそらくは住良木とタメを張るくらいだと思うが……。

 俺は純也を近づく。

 何が起きて、どう俺が回避したのか分からず混乱している純也に向けて。


「くっそっ!」


 無数の不可視の霊力の塊が、頭上から次々と俺目掛けて降ってくる。

 その中を俺は、大気の変化を肌で感じながら避け続けつつ純也に歩み寄る。


「まだまだだな」


 攻撃に殺気を乗せるなんて、戦士としては未熟。

 戦士ならば、機械的に――。


「純也! 結界を!」


 桔梗の声が上がる。

 それと同時に、大気が砕ける音と共に純也が吹き飛び、数十メートル、石畳の上で転がる。


「ぐはっ――、カハッ――」

「桔梗」

「結界を張ってなければ純也が絶命しておったろうに!」

「問題ない。死ななければ体を再生させることは可能だ」

「桂木優斗――、お主は……」

「何を驚いている? それよりも、模擬戦なんだから戦闘中にアドバイスはするな。何のための模擬戦だと思っている?」


 俺は、純也が放ってきた霊力の塊を左腕一本で霧散させながら桔梗に注意したあと、純也を見る。

 俺に攻撃したことで、純也は口から血を零しながら片目になった瞳で俺を睨みつけてくる。


「眼球陥没に、肋骨が3本折れて肺に刺さったと言ったところか? あとは左手が粉砕骨折と言ったところだな」

「――て、手加減を……、手加減をしていたのか?」


 傷つけた肺から血が上がってくるのか、息苦しそうに血を吐きながら、俺に疑問を投げかけてくる純也。


「何を言っている?」

「……だから……、以前に、俺と、ここで戦ったときは……手加減をしていた……の……か?」

「はて?」


 俺は思わず首を傾げる。

 そして一瞬の思考のあと口を開く。


「今でも手加減はしているぞ? そもそも身体強化もしてないからな」

「「――なっ!」」


 桔梗と純也の声が重なる。

 俺は純也と戦っている間、身体強化も細胞修復すら行っていない。

 大気の振動や動きを肌で感じて、世界の成り立ち――理を解析して、人が人の身のままで到達できる体術だけで対応したに過ぎない。


「……お、俺の……結界を攻撃したのは……、何かの力では……」

「仙氣発勁のことか?」

「……せんき……はっけい?」


 純也が、呆然と呟く。

 既に意識のレベルが下がっているのだろう。

 俺が話した言葉すら満足に理解できているのか疑わしい。

 そして舞台の外では、「まさか! 仙術じゃと!?」と、桔梗が声を上げていた。

 どうやら、桔梗は聞いたことがあるようだ。


「まぁ、多少は強くなったな」

「ふざけ……る……な……よ……。俺は……、俺は……、まだ……」


 俺に向けて手を伸ばしてくる純也は、そこで事切れたかのように、糸が切れた人形のようにドサッと力なく倒れる。


「そこまで! 勝者、桂木殿!」


 住良木は、難しい表情をしたあと、そう宣言してくる。

 俺は純也の肉体を修復したあと、舞台から降りる。


「桂木優斗」


 舞台から降りたところで桔梗が話しかけてきた。


「どうした? 桔梗」

「お主、仙術は誰に学んだ?」

「さあな」


 まさか異世界で身に着けたなんて言えないからな。

 俺は肩を竦めて、大空洞を後にした。

 



  

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