第657話 峯山純也の回想(5)第三者Side

「……」


 座布団の上に座った都は俯いたまま何一つ語ろうとしない。

 彼女の心の中は、パニック状態に陥っていて、どう説明していいのか――、そして幼馴染である優斗の事を純也に話していいのか分からないと言った感じであったからだが……。


「お父さんが……。お父さんが……殺されたの……」

「修二さんが?」


 重々しく口を開いた都の口から零れ落ちた言葉は、純也が予想していた内容と合致していたが、幼馴染である都から紡がれた言葉は、純也が思っていた以上に彼自身に重苦しい衝撃を与えた。

 だからこそ、純也は、都に再度、確認するかのように、都の父親の名前を口にしたのであった。

 ただ――、それは無言でコクリと頷いた都の首肯により肯定されることとなる。


「そうか……。それで、さっき――」


 竜道寺の迂闊な失言に、純也は小さく息を吐くと、気持ちを落ち着かせる。


「都。修二さんなら、なんとかなるはずだ」

「――え?」


 そこで、ようやく神楽坂都が、顔を上げる。


「優斗なら、何とかしてくれるんじゃないのか?」


 その純也の言葉に都は頭を左右に振るい否定してくる。


「どうしてだ? 優斗なら――」


 途中で、言葉を飲み込む純也。

 彼は、桔梗から、桂木優斗は死人すら蘇らせることが出来ると聞いていたから、咄嗟に出た言葉であったが、それは口止めされていた。

 死人を完全な形で蘇らせることすら可能という自然の法則すら無視した力の存在。

 それが、どれだけ人間社会を震撼させるのか――、それは秦の始皇帝が求めていた不老不死にも近く、細胞を操作できる優斗であったのなら、それはもう人類の夢と言っても過言ではなかったからだ。

 そして、そんなモノが存在していたのなら、どういう事態に陥るのか、それは少し考えれば分かることであった。

 だからこそ桔梗は、何が起きたのかを純也に説明こそしたが、誰にも話すなと厳命していた。


「……純也?」

「――いや、何でもない」

「優斗にね……優斗にお願いしたの」

「優斗に? 父親を生き返らせてくれって?」


 コクリと頷く都。

 そんな都を見て、『それはそうだよな』と自身を納得させるかのように心の中で、純也は呟く。

 誰だって、どんな傷すら治す人間を見れば、それは万能だと思うだろう。

 それに、何よりも――、桂木優斗は神の力を手にした人間と、一般的には周知されている。

 ただ、それが偽りだという事は純也は知っていた。

 何度も桔梗に違うと――、神の力ではないと――、そう言われていたから。


「優斗がね。生き返らせることが出来ないって――。私が生きているのだから、問題ないって……」

「どういうことだ?」


 いきなり話の内容――、流れがおかしいことに気が付き純也は訊ねる。


「私が……私が……私が生きているから……、別にお父様が死んでも問題ないって……、代わりはいるって……。だから問題ないって……」


 話の内容が重複してしまうのは、都が混乱しているのだろうと推察した純也は、幼馴染である都の話を聞きながらも――、


「優斗が、修二さんが死んでも問題ないって言ったのか?」

「……うん」

「お前が――、都が生きていれば問題ないって?」

「うん……。私、わかんない……。お父さんは殺されて――、それなのに、優斗はお父さんと知り合いで言葉も交わしたのに……死んでも問題ないって……代わりはいるって……」


 呂律が回ってない口調で都は俯いたまま言葉を零す。

 そして――、彼女の紺色のスカートに染みが広がっていく。

 

「みやこ……」


 そんな様子の――、肩を震わせて声なく泣いている都を見て――、


「優斗は、どこにいる?」

「え?」

「だから、優斗はどこにいる?」

「霊安室にいたけど……、たぶん優斗も警官だから……」

「分かった」


 両拳を強く握りしめた純也は道場のスライド式のドアを力いっぱい開けると廊下を走り1階へと向かう。

 霊安室に向かった際に、すれ違っては意味がないと彼は考えたからであったが、その考えは当たっていて――、


「落ち着くのだ、純也」


 1階に到着した純也は周りを見渡す。

 そんな彼に追いついてきた桔梗は、頭に血が上ったままの純也を嗜めるように、名前を呼ぶが、その声は届いては居なかった。

 そして、周りを見渡していた純也の視線は一か所に止まる。


「優斗……」


 純也の視線の先には、桂木優斗が居て――、その姿を見たと同時に純也は、優斗に向って走る。

 目が合った純也の姿を見て、桂木優斗は、いつも通りの表情で「純也、修行は――」と、言いかける。

そんな優斗に対して苛立ちと都を傷付けた発言をしておいて何も思っていない様子の優斗に怒りを覚えた純也は拳を振り上げた。

 



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