第653話 峯山純也の回想(1)第三者Side

 ――時間は少し遡り、千葉県警察本部地下の地下道場。


 畳の上で何度かリバウンドしながら、ドンッ! と、言う大きな音と共にコンクリートの壁に激突した峯山純也は、背中を打ち付けたダメージから、呼吸が途切れた事で酸欠から何度も必死に呼吸をするが――、そんな彼に向けて頭上から攻撃が降り注ぐ。


「くそっ!(四肢に力が入らない!?)」


 半壊状態の――、何度も行われている訓練により道場の中は、剥き出しのコンクリートの部分が多くなっていたことで、剥き出しのコンクリートの壁に背中を打ち付けた峯山純也の身体へのダメージは見た目こそ、甚大ではなかったが、四肢を痺れさせるには十分であった。

 彼は咄嗟の判断で畳の上に転がり頭上からの攻撃を避ける。

 それと同時に頭上から振り下ろされた銀色の鱗の尻尾が、畳を破壊し――、下に敷かれていた板を粉砕するだけでなく、その下の打ちっぱなしのコンクリートに尻尾がのめり込む。


「ハァハァハァハァ」


 満足に呼吸することすらできない中で視界が狭くなりつつも、峯山純也は、目の前の桔梗――、蛇神へと体の一部を変化させた女性を視界に捉えた。

 彼女は、溜息をつく。


「何度も言っておるだろう? 相手の動きを見てから、術式を編んでいたら間に合わないと」

「そんなこと言われても……攻撃が早すぎて……」

「手加減はしておるつもりだ。桂木優斗であったのなら、この程度の攻撃、簡単にいなしておる」

「優斗なら……」

「お主は、才能はある。天賦の能力も有している。だが、実戦経験だけが圧倒的に足りておらん。それに――」

「それに?」

「覚悟が足りておらん」


 桔梗は話が終わったとばかりに、右腕の表面に銀色の鱗を出現させると、腕を振るう。

 彼女の腕は、振るわれたと同時に伸びて立ち上がろうとした純也の身体を捉え吹き飛ばす。


「ぐはっ!」

「常時、霊力を体中に巡らすことも忘れるな! 今の攻撃程度、避けられなくてどうする!」

「――か、体に力が入らない……」

「体に力が入らないのなら、霊力で動かす術を身に付けよ!」

「……れ、霊力で?」


 桔梗は、自身の腕を切り落としたあと、切り落とした腕を操る。

 腕は空中に浮かんだまま、桔梗と距離があるというのに、自由自在に指先が動く。


「霊力は人間が誰しもが有する神の力の一端である。人の身体というのは魂魄の入れ物であり、霊力は、その魂魄から作られておる。そして魂魄は自分自身であり、その魂魄から作られる霊力は自分自身であり自らの意思で操ることが出来るものだ。そして霊力を操る事が出来るのなら、このように腕が離れていても霊力を神経として編んだ霊糸により操ることが可能になる」


 桔梗の言葉に、純也は苦笑いしかできずにいた。


「それって……、桔梗さんが生きていた江戸時代でも出来たモノなのか?」

「出来るモノは、ごく一部であった。だが、妖怪退治に神々と相対するモノは、基本扱うことが出来た」

「そうなのか……」


 純也は呆れたような表情で呟く。


「言っておくが、この程度の技術は妖怪や堕ちた神と戦う場合は、出来て当たり前じゃからの?」

「そこまで大変なのか?」

「大変も何も人間の四肢は簡単に捥げるじゃろう? できなければ戦いにすらならない」

「……すげえな……昔の霊能力者って……」

「だからこそ、今の人間達は安全を享受しておられるのだろう?」


 腕を接合した桔梗は、純也の回復を待つかのように語り掛けながら壁の時計に目を向ける。


「とりあえず、一端、休憩するとしよう。しっかりと体内の霊力を自覚し、自身の身体に循環させ肉体を修復しておくように」

「わかった……」


 純也は、限界と言わんばかりに畳の上に倒れ込み目を閉じた。

 それからしばくして、目を覚ましたあと、道場の上座に座っていた桔梗へと視線を向ける。


「ずっといたのか?」

「うむ。桂木優斗に、お前の警護も頼まれているからな」

「俺の警護か……」


 純也は複雑そうな表情を見せる。


「なんだ? 何か思うところがあるようじゃな」

「思うも何も……、俺の警護を桔梗さんに任せるのなら、アイツの周りにはもっと守らないといけないモノがあるんじゃないのかなって思ったんだが……」

「そこは問題ないじゃろうな。天狐と精霊を利用する娘が、桂木優斗の身内などを守っているようじゃからの」

「そっか……。なあ、俺って本当に強くなれるのか? アイツと――、優斗と前に戦って戦いにすらならなかった……。だから――」


 桔梗は、溜息をつく。


「何を言っておる? 才能だけで言うのなら、桂木優斗よりもお主の方が遥かに恵まれておる。霊力の量が神に近く、それでいて安倍晴明の式神と契約しており、陰陽術を扱う為に必要な呪力も備わっておるのじゃぞ?」

「――でも……」


 再度、呟く純也を見据えた桔梗は、目を閉じて口を開いた。


「あの力は――、桂木優斗が手にした力は人が到達できる――、人が人の身であるからこそ到達できる極致であり、人の精神性を有していては決して踏み入れることの出来ない場所に存在している。逆に言えば、人間性を代償にし絶え間ない研鑽をすれば誰でも踏み入れることの出来る領域とも言える」

「――なら、俺も?」


 桔梗は、純也の言葉に頭を左右に振る。


「言ったであろう? あれは、人間性を捨て去る覚悟があると。純也、お前は桂木優斗を見ていて何も思わないのか?」

「それは、どういう……」

「分からないのなら、いい。だが、何れ理解する。アレが、どういう存在に成り果ててしまっているのかという事をな」


 意味深な言葉を呟いた桔梗に眉根を顰める純也。


「少しは、体を休めることができたか? 純也」

「ああ」

「――ならば、水分でも補給してくるとよい」

「……そういえば、喉がカラカラだ」

「人の身体は脆いからの」

「桔梗さん、一緒に行かないか?」

「どこにだ?」

「桔梗さんも飲み物を驕ろうと思って――」

「そうじゃな……。私もご相伴に預かろうとしようか」


 桔梗と純也は数時間ぶりに地下道場から出る。

 そして自動販売機の方へと向かって角を曲がろうとしたところで、女性とぶつかる。

 純也は、咄嗟に身体に力を入れてぶつかってきた女性を抱きとめると、その女性を見て驚く。


「――み、都か? どうして、こんなところに居るんだ?」

「――え? じ、純也? どうして……ここに?」

「それは、俺の――」


 途中まで言いかけたところで純也は口を開けたまま、一瞬固まる。

 理由は、幼馴染である神楽坂都の瞼が、泣いていたことで赤く腫れあがっていたから。




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