第651話 互いの価値観(1)

「それを……、その言葉を……、大事な人を亡くした者の前で、桂木警視監は言えますか?」

「何を言っている? 普通に言ったが?」


 神谷は、俺の言葉に肩を落とすような仕草をすると、「そうですか」と、小さく呟く。


「――では、桂木警視監。私の方から神楽坂都さんへ御父上が亡くなられた経緯を説明しておきます」

「俺が説明した方が早くないか?」

「ここは、私の方から説明しておきます。同級生の方から聞くのと第三者の人間を挟んで聞くのでは違いますから」

「……そうか。わかった」


 神谷が頑なに話して来るという事は何かあるのだろう。

 まぁ、その辺は警察官職務に長年従事している彼女に任せた方が効率的か。

 神谷と話を終えて霊安室から出て何もすることがないと自宅に戻ろうと1階に上がったところで、リビングで純也と桔梗の姿を見かける。

 相も変わらず巫女服姿というのは、千葉県警察本部内に置いて良くも悪くも目立つ。

 俺が純也と桔梗の姿を見かけた数秒後に誰かを探しているのか周囲を見渡していた純也と目が合う。

 それと共に、純也が俺に近づいてくるが、何故か知らないが心なしか怒っているように見えるが――?


「純也、修行の調子は――ッ」

 

 途中まで言いかけたところで、純也が放ってきた右拳を左手で受け止めた。


「何の真似だ? 純也」

「何の真似だと!? お前っ! 都に、何を言った!」


 どうして怒っているんだ?

 純也が、どうして都のために怒っているのか……その理由が俺には分からない。

 俺は、純也の右拳を離すと溜息をつく。

 

「純也、落ち着け」

「落ち着けだと? 優斗っ! お前ッ!」


 ギリッと歯ぎしりしてくる純也に、やはり俺は何で、そこまで怒っているのか分からない。

 都と会話した内容を純也は指摘しているようだが、俺としては何の間違いもなく効率的に、かつ無駄なく説明し都を元気づけたはずだ。

 結局、その通りにはいかなかったが……。


「自分が! 都に何を言ったのか! それすらわからねーのかよ!」


 千葉県警察本部の1階リビングに響くような怒号。

 センチュリータワービル爆破の後始末も含めて忙しない警察官たちが足を止めて俺と純也の方を見てきた。


「分からないって何がだ? 俺は、都に神楽坂修二が死んでも地球の人口は100億人近くいるのだから何の問題もないと、都は生きているのだから何の問題も無いと説明したはずだが? その何が間違っているんだ?」

「お前……。本当に……ギリッ」


 再度、怒り任せに、左拳を放ってくる純也。

 その様子を見ながら俺は純也の拳の勢いを逸らすと投げる。

 言わば空気投げと言うモノで、純也の身体はアッサリと空中に舞い上がり、背中から大理石の床に落ちる。


「グハッ!」

「少しは落ち着け。人の話を聞いてから判断しろ。都は、いまはパニックになっているだけだ。理論的に考えれば、人間なんて死ねばタンパク質の塊にすぎない。そこに感情移入をしても戦闘の邪魔になるだけだ。それの何が分からない?」

「ははっ……」


 半笑いしながら立ちあがる純也は、泣きそうな表情で俺を見てくる。


「お前……どうしちまったんだよ? 本当に、桂木優斗なのか?」

「どういう意味だ?」


 その言い方は、まるで俺が桂木優斗本人ではないような言い方で、非常に感に障る。


「そんまんまの意味だよ! 俺が、知っている桂木優斗は、そんな人を! モノを見るような――、そんな奴じゃなかった!」


 続けての、その言葉に俺は何故か知らないが苛立ちが募る。

 それと同時に――、


「馬鹿者! 殺気を感じた瞬間に結界を張らんか!」


 ――ギシッと、言う音と共に、大理石の床に液体が落ちる音がホールに響き渡った。


「……なんの……真似だ? 桔梗」

「それはこっちのセリフじゃ! 貴様っ! 自身の友を手にかけようとしたんじゃぞ!」


 俺は思わず首を傾げる。

 そして、俺は自身が横薙ぎにした手刀を鱗で防御している桔梗を見る。


「桔梗さん、大丈夫ですか?」

「うむ。大丈夫じゃ。それよりも――」


 桔梗が俺に視線を向けてくるが、そこには俺に攻撃を受けたことで反撃するような視線は感じない。

 それどころか、俺が一番嫌いな視線を向けてくる。

 だから、俺は溜息をつく。


「そうか……。そうだな……。すまなかったな、純也」


 きっと、これは俺が悪いのだろう。

 ならば、謝っておくほうが効率的だ。

 謝罪をして立ち去ろうとしたところで――、「……優斗!」と、俺の名を叫びながら純也が拳を向けてくる。

 もちろん、俺はその拳を左頬で受けた。


「――なっ!? 優斗!? ……な、なん……なんで……」

「何でと言われてもな……」


 むしろ、俺は自分が悪いことをしたと思ったから殴られただけであって、それが一番効率的だからこそ、避けもしなかったし防御もしなかった。


「あれだ。気は済んだか?」


 俺は細胞を操作し瞬時に肉体細胞を修復するが、純也は更に俺を睨みつけてくる。

 まったく、あまり無駄な時間は費やしたくないんだが……、非効率すぎる。


「ふ、ふざけるなっ! 優斗! 俺と勝負しろ!」

「どうしてだ?」


 何で純也が、そんな提案をしてきたのか意味が理解できない。

 そもそも今の一発を殴られたことで、問題は解決しただろうに。


「桂木優斗。ここは、峯山純也の修行の結果を見るのも含めて模擬戦をしても良いのではないのか?」


 桔梗が、そう提案してくる。


「たしかに……」


 あれから、どのくらい純也が強くなったのか確認できるからな。





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