第650話 死生観(2)

「いや、何でもない。それよりも、神谷こそ何かあったんじゃないのか?」


 波動結界を展開しつつ、神谷に尋ねる。

 幸い、都は千葉県警本部内に滞在しているようで、純也が居る方角へ向かっているのが確認できたから問題はないだろう。

 そう認識したところで、俺は神谷の心拍数がいつもと違うことに気が付き問いかけたわけだが……。


「はい! じつは、警視庁から連絡がありましてアンドレイ・チカチーロの身柄を確保したと」

「アンドレイ? たしか……、センチュリータワービルを爆破すると予告を出した奴だったか?」


 コクリと頷く神谷。


「それなら、俺が理由を聞くとするか」

「それが……」


 神谷が、難しい表情で、「アンドレイ・チカチーロですが、ロシア大使館内で起きた銃撃戦――、仲間割れで死亡したと警視庁から報告がありました」と、報告してくる。


「どういうことだ?」


 ロシアの工作員が、ロシア大使館内で発生した銃撃戦で死亡? 意味が分からない。


「これは、まだ推測の域を出ませんが、今回、センチュリータワービルの爆破予告をアンドレイが行ったことで、ロシア当局へ疑いの目が世界中から向けられることを危惧したロシア大使館が、アンドレイに何かを忠告したのでは? と、推察されます」

「それで納得できずに銃撃戦ってことか?」

「おそらくは……。警視庁からの報告ですと、使われた銃弾はロシア国内で流通している銃弾ばかりとのことです」

「ふむ……。――なら生き残りを探して話を聞くしかないな」


 そんな俺の言葉に神谷は頭を左右にふる。


「じつは、ロシア大使館なのですが、職員・家族・老若男女含めて全員がすでに死んでいると報告がありまして――」

「どういうことだ?」

「分かりません。ただ、通信設備も、ロシア大使館内で銃撃戦があった時に六本木付近では大規模な停電が発生しており、予備電源で動いていたセキュリティも破壊されていたとのことです」

「……不自然すぎるな……」


 思わず、ポツリと声が漏れる。


「私も、そう思います。明らかに今回の出来事は何者かが仕組んだと考えた方が辻褄が合います」


 神谷も肯定してくるが、問題は、今回の事件を裏で操っている奴が何のために、センチュリービルを破壊したのか? と、言う点が分からない部分だ。

 安倍晴明を狙っている異形の連中だったら、爆破テロなんてする必要もない。

 ならば、神楽坂修二を狙っていた別勢力が居たという事になるが……。


「犯人が分からないか……」


 これが日本人なら、日本の神である伊邪那美に何とか頼むんだが……。


「あと、桂木警視監」

「何だ?」

「今回の、センチュリータワー爆破事件ですが、日本政府としては、ロシアの諜報工作員が、センチュリータワービルを破壊したとは国民には周知出来ないとの見解のようです」

「そうか……」

「驚かないのですね?」

「まぁ、良くあることだからな。自国でテロ工作員が爆破テロなんてしたと日本政府が認めたら恐怖からか治安が悪化する可能性だってある。――ならば、ガス爆発などで問題を有耶無耶にした方がいいだろう?」

「はい。ただ……遺族の方には……」

「遺族にもガス爆発で押し通すしかないだろう?」

「そうですね……」

「俺も都には、ガス爆発で偶然巻き込まれて死んだと伝えておくから」


 そうして俺は霊安室を後にしようとしたところで、後ろから「いいのですか? 本当のことを言わないで」と神谷が聞いてくる。


「本当のこと?」

「はい。神楽坂都という少女は、峯山純也という超常現象を有する少年と懇意にしています。霊能力者である彼が調べればガス爆発では無いということくらいはすぐに見分けがつくはずです。その際に、神楽坂都さんに真実が伝われば、桂木警視監が恨まれる可能性もありますが……」

「それが、何か問題なのか?」


 そこで俺は霊安室から出ようとした足を止める。


「――え?」


 鳩が豆鉄砲を食ったような目で神谷が俺を見てくるが、彼女が俺に何を言いたいのかさっぱり理解できない。


「別に都に嫌われても、都が生きていれば問題ないだろう?」

「……え?」


 どうして、そこで神谷は俺が何を言っているのか理解できないと言った表情をするのか。


「……桂木警視監。彼女は――、神楽坂都さんは大事な父親を亡くしているのですよ?」

「それが何か問題でもあるのか?」


 たかが人間が一人死んだくらいで、何を言っているのか俺にはさっぱり理解ができない。

 地球の人口は100億人近い。

 その中の一人が死んだくらいで右往左往するなぞ戦場に身を置いている身からしたら、無駄の極致だ。

 そもそも人間なんて死んだところでたんぱく質の塊に過ぎない。

 それなのに死んだ人間を思うなんて、そんな無意味なことを、どうして考えるのか。


「……桂木警視監。大事な人を亡くせば人は悲しいものです。先ほど、私と入れ替わりに神楽坂都という少女が霊安室から出て行きましたが、彼女は泣いていました」

「だから、何の意味があるんだ? 俺には関係ないだろう? それに都は生きているんだから何の問題もないだろう?」


 神谷が、何を気にしているのかさっぱり理解できない。

 人間は動かなくなれば、それまでだというのに。

 


 

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