第649話 死生観(1)
千葉駅近くのセンチュリータワービル最上階で発生した爆破事件。
その後始末を神谷に一任したあと、俺は自宅へ戻り妹やエリカ、白亜と食事を摂ったあと、自分の部屋で壁に背中を預けながら目を閉じていた。
そして数時間が経過したところで、俺は瞼を開ける。
理由は、不規則な息遣いで階段を上がってきた人物の存在が背中越しに確認が取れたからだ。
「誰だ?」
そう一人で呟きつつも、自分の部屋の壁に掛けられている時計を確認する。
時刻は、午後12時を回っていて午前1時近く。
「午前1時か……」
波動結界を展開し、階段を上がってくる人物を特定すると相手は都であった。
「こんな時間に?」
どして、こんな遅くに都が俺の家に尋ねてくるのかと内心で首を傾げつつも思考するが、都が、こんな時間に俺の家に来る理由が分からない。
さらに波動結界を広げて見れば、神社庁の霊能力者が10人、そして一台の車が公団住宅敷地外に停まっていて運転手――、一般人だと思わしき人物の姿も確認できた。
「車で来たのか……」
どうして白亜が、都が来ることを俺に伝えなかったのか疑問を抱いたが、まぁ危険でもないから大丈夫だと判断したのだろうと推測しつつ、立ち上がり玄関へと赴く。
自室のドアを開けてみれば白亜が立っていて――、
「白亜。気が付いていたのか?」
「はい。神楽坂都が、ご主人様に会いに来ることは分かっていました」
「そうか……。理由は?」
「それは本人に直接聞かれた方がよろしいかと」
「そうだな」
まぁ、こんな夜中に自宅に来たのだ。
しかも呼吸は粗く、焦っているようにも感じられる。
俺は波動結界を解除し、白亜の横を通り過ぎ玄関前に移動した。
それと同じくして、インターホンが鳴る。
すでにエリカも妹の胡桃も寝ているので、起こさないように一回目のインターホンでドアを開けた。
そこには、都が立っていた。
「――ゆうと! お願い! 一緒に来て!」
「どうかしたのか?」
いつもと違う都の様子に俺は首を傾げる。
「おとうさんが! おとうさんが! お願い! 優斗! お父さんを助けて!」
「助けて?」
コクリを頷く都に、俺は事件のことを知っているからと説明することはしない。
神楽坂修二が死んだこと。
それは神谷から――、そして警察から伝えるように指示しておいたからだ。
「うん! 優斗って! 何でも治せるのよね? だから! お父さん助けて! 一緒にきて!」
「……」
「優斗?」
「――あ、ああ……。悪い……。それよりも話が見えないんだが……」
「――と、とにかく優斗!」
都が俺の腕を掴んでくる。
「一緒に来て!」
「……分かった」
都の切羽詰まった様子に、俺は全てを知っていると打ち明けようと考えたが、それは警察がすることであって、俺がすることではないと思考した上で、都と共に家から出る。
「ご主人様」
俺の後を追ってきた白亜の声に振り向く。
「白亜。俺が出かけたこと――、もし胡桃たちが起きて聞いてきたら都と一緒に出掛けたと伝えてくれ」
「分かりました」
白亜に見送られて、俺は都が乗ってきたハイヤーに乗る。
そして、神楽坂邸ではなく千葉県警察本部へと移動した。
千葉県警察本部に到着した後は、車から降りると何人かの警察官や刑事と目が合ったが、誰もが俺から視線を逸らす。
「優斗、こっち!」
「分かったから、少し落ち着いてくれ」
本当に、普段の都とは全く違う。
掛け離れた必死さが伺える。
そして都に案内されたのは千葉県警察本部の地下の霊安室。
「ここなの! 優斗!」
「そんなに引っ張らなくても大丈夫だ」
俺は都を落ち着かせるように語り掛ける。
そして一つの遺体の前――、顔に綿布が載せられている前に案内された。
「これね……おとうさん……なの……」
都が震える手で、顔にかけられていた綿布を退かせば、そこには俺が修復した神楽坂修二の遺体があった。
「ねえ! 優斗なら! お父さんを生き返らせることが出来るのよね? お願い! 優斗!」
都が、泣き腫らし赤く充血させた瞳で俺を見て懇願してくるが、俺は首を左右に振る。
「完全に死んだ状態の人間を生き返らせることは俺にはできない」
そう俺は都に伝える。
すると都は、俺の服を掴んでくる。
「お願い! 優斗! お父さんを助けてっ! お願い!」
そんな都の姿を見て、俺は疑問に思う。
どうして、生き返るはずの無い人間のために、そこまで必死になるのかと。
それなら、殺した相手を探し出して復讐する方がずっと建設的なのに。
何よりも、俺には理解できない。
「都」
「ゆうと?」
「大丈夫だ。死んだのは都ではない。人間は、この地球上にはたくさんいる。だから何の問題も無い」
俺は、都が無事だから大丈夫だからと。
死んだのは都じゃないんだから問題ないと、彼女を慰めるように――、諭すように、極めて落ち着いて言葉をかけたが――、
――パンッ!
唐突に乾いた音が霊安室内に響き渡る。
「都?」
一瞬、何が起きたのか俺には理解ができなかった。
都が、全身を震わせて涙を零しながら、俺の頬を平手打ちした右手を左手でおおっていたから。
そして都は唇を強く噛みしめると霊安室から出ていってしまう。
そんな都の様子に俺は呆然とした。
「桂木警視監、こんなとことに居たのですか」
都と入れ替わりに入ってきたのは神谷で、その神谷は――、「何か、ありましたか?」と、俺に尋ねてきた。
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