第645話 暗躍する総理大臣2(2) 第三者視点
――夜半を過ぎた九十九里海岸、殿下海水浴場近くにある蓮沼ウォーターガーデンに革靴の音が鳴り響く。
「はぁはぁはぁ――」
髪を風に靡かせながら男は走り、大型滑り台近くの小屋に身を隠すと、漆黒のカバンをコンクリートの床の上に置く。
「どういうことだ? この俺が来ることが分かっていたのか? ――いや、そんなことがある訳が……。GRU(連邦軍参謀本部情報総局)からの情報は確かなはずだが……」
そう男は、自身に言い聞かせながらも目に見えない気配を確かに捉えていた。
「ちっ――、部隊は、俺以外は全滅か……。暗殺という目で見るのなら問題はないが……、今は、この囲まれている状況を何とかしないとな……」
男は、一人呟きながらもカバンの中から拳銃を取り出すと、慣れた手付きで組み上げていく。
そこで――、空気が一瞬、動いたことを直感的に察した男は、組み上げたばかりの銃口を闇夜に向けると同時に、拳銃のトリガーを引いた。
闇夜の中に、立て続けて火薬が炸裂する音が鳴り響き、それと同時に小さな火花が暗闇の中で光り、仮面の男の身体を一瞬、夜の中、浮かび上がらせる。
「ぐはっ!」
「カハッ――!?」
「――ちっ。殺しきれてはないか」
男は、歯ぎしりしながらも、軍から支給された装備を身につけ移動する。
その際に、闇夜の中から幾つもの銃弾が男を狙ってくるが――、
「殺気でバレバレだ」
男は、自身に降りかかる銃弾を避けながら、殺気が発生した場所へと銃口を向けてトリガーを引く。
その度に、いくつもの苦痛に伴う音がプール開きの季節から外れた蓮沼ウォーターガーデン内に響き渡る。
「それにしても何十人導入されているんだ?」
男は――、アンドレイ・チカチーロは、サブマシンガンの弾倉を交換しながら吐き捨てるように言葉を口にする。
「実力的には陸自と言ったところか? まぁ、ロシア陸軍を相手にするなら十分以上の練度だが……。この俺には――」
殺気が生まれる瞬間を狙って、ロシアの死神は銃口を向けてトリガーを引く。
それだけで、相手が発砲する前に先を制して制圧していく。
「意味がないな。Sが出てくるのなら話は別だが……」
特殊作戦群が出てくれば、いかなるロシアの死神でも一方的な虐殺を行うことはできなかった。
それでも、彼が九十九里海岸からプール開きもされていない営業の季節から離れたプール施設に来たのは単に陸上自衛隊の物量が多く追い立てられたからに他ならないのであった。
「あとは18人か。この程度なら――」
そこまで言いかけたところで、ロシアの死神は銃口を闇夜に向けると本能のまま、銃のトリガーを引く。
銃弾は、轟音と共に、サブマシンガンの銃口から放たれて、まっすぐ火花を纏いながら、大気中を進む。
――そして……、キンッ! と、言う音と共に軌道が逸らされた。
「なんだ?」
アンドレイは、目を凝らす。
すると、大気が揺らめいていたかと思うと、一人の男が姿を現す。
「まったく、九十九里海岸に上がると同時に民間人に手を出すとは、お前のところの軍の機密はどうなっているんだろうな?」
「――何?」
威風堂々と言った様子でパーク内の――、舗装された道を歩きながら肩を竦める男。
その男の視線だけはロシアの死神に固定されていた。
あまりにも場違いな――、大胆不敵なまでの行動に一瞬、ロシアの死神は、拳銃を打つことを忘れてしまっていたが――、すぐさま、アンドレイはサブマシンガンのトリガーを引く。
無数の銃弾が、男に向かって直進していくが――、それらの銃弾は金属音と共に不自然なまでの曲がり方をして男を避けていく。
「ばかな!」
完全に当たるタイミング。
周りには何の障害もなく当たることは確定であったはずなのに、アンドレイが放った銃弾は、その悉くが男に触れるどころか、その前――、1メートル手前で避けていく。
「(ありえない! 何なのだ? あまりにもありえない! こんな! 非現実的なことが!)」
自問自答しながらも、アンドレイは手榴弾のピンを外し男に向けて投げる。
そして、その手榴弾は放物線を描いて男の頭上で爆発した。
「――爆発が早すぎる!?」
それでも、発生した轟音の中でアンドレイは不気味な男から距離を取るために移動しようとしたが――、
「――ぐふぉあああ」
距離を取ろうと足を踏み出したと同時に何かしらの衝撃を受けて横に吹き飛ぶ。
アンドレイの身体は、10メートル以上、横に吹き飛び、地面の上に肩口から落下した。
「がああ……。何が、起きた……?」
知覚できない攻撃に、パニックになりかけるロシアの死神は、視線を得体の知れない男へと向けた。
そこで分厚い雲が途切れ、月の灯りに照らされ得体の知れない男が姿を見せた。
「――き、貴様は……。日本国総理大臣だと……? どうして、こんなところに!?」
アンドレイは歯ぎしりをする。
夏目一元――、彼の陸上自衛隊に所属していたという奇異な経歴を持つ。
そして、その中でも特殊作戦群に所属していたという情報をアンドレイは得てはいた。
「どうして? お前たち殺人鬼から自国民を守る為に決まっているだろう?」
さも当然のごとく夏目は呟く。
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