第643話 死神からの宣戦布告(7)

「警察庁から? 官邸からでは無くて?」

「官邸から警察庁経由となっていまして――」

「……つまり、このセンチュリービルを爆破したのは、そのロシアのデスなんとかってやつなのか?」

「それは分かりません」


 神谷が頭を振る。

 それは、そうだ。

 本当にロシアが工作員を手配したのなら、こんな田舎の地方都市のどこにでもあるビルを爆破するはずがない。

 そんなことは考えればすぐに分かるはずだ。

 つまり、裏があると考える方がしっくりと来る。


「それで、そのアンドレイ何とかは、ロシアではどういう立ち位置にいるんだ?」

「ロシアの暗部――、ソ連国家保安委員会KGBに所属していたと言われている暗殺者です。狙ったターゲットは確実に殺すとされており、ターゲットを始末した成功率は100%とのことですが……」


 そこで俺は、心の中で首を傾げつつ、


「神谷」

「はい」

「そのロシアの暗殺者は、今まで爆破予告などをしたことがあるのか?」

「――え?」


 一瞬、きょとんと神谷は動きを止めたところで、スマートフォンを取り出すと何やら操作をし――、


「いえ。今回が初めてのようです」

「そうか」

「それが何か?」

「――いや」


 そこで、俺は唇に手を当てながら思考する。

 異世界でも、俺の命を狙ってきた暗殺者を数十回は撃退してきたことがあったが、暗殺者というのは基本的に闇に潜んで静かに目的を遂行することを目的として動いている。

 それなのに、爆破予告をするなんて暗殺者の在り方とは対極に位置する行動に俺は疑問を抱いていた。


「桂木警視監?」

「今回のセンチュリービル爆破の件だが、ロシアは関わっていない可能性が高いな」

「――ですが、ロシアから工作員が国内に入ったという情報が――」

「それはそれだ。だが、俺が知っている暗殺者は、少なくとも目的誇示をすることはない」

「それは……」

「おそらく首相官邸に送られた爆破予告メールは、別の第三者が送った可能性があるな」


 そもそも、伊邪那美が言っていた。

 殺された人間の魂魄が黄泉の国に届いていないと。

 その時点で、センチュリービル爆破の犠牲者を殺したのは、普通の人間では無い事は少し考えれば分かることだ。

 

「だが、しかし……」

「それでは桂木警視監。メールを送った人物を特定するように官邸に――」

「ああ、頼む。まずは、そのメールの主を探すことの方が事件の早期解決に繋がるだろう?」

「分かりました。それと遺体についてですが……」


 神谷の視線が足元へと動く。

 そこには、俺が修復した遺体が並べられていて――、


「この状態で遺体として処理をした方が……。桂木警視監の力で、何とかならないのですか? これだけ綺麗な状態ですと、ご遺族の方が納得されない可能性も」

「今のままでは無理だ」

「どうしてですか?」

「どうしてもだ」


 神谷に魂魄云々の話をすれば、伊邪那美のことも教えないといけなくなる。

 それは、何故か分からないが言わない方がいいと俺の第六感が告げている。


「分かりました。それでは、一度、霊安所に移動し、ご遺族の方には、こちらから連絡をしておきます」

「ああ。頼む」

「それで、桂木警視監」

「何だ?」

「神楽坂さんは、如何いたしましょうか?」

「神楽坂?」

「――え?」

 

 一瞬、呆けたような表情をする神谷に俺は首を傾げる。

 

「亡くなられたご遺体の中には、神楽坂修二氏も含まれていると思いますが、そちらの方については如何いたしますか?」

「何を言っているんだ?」

「――ですから……。神楽坂都さんの、父親で――」

「ああ」


 そういう意味か。


「人間は死んだら死体というかタンパク質の塊だ。死んだ時点で、ソレはもう生物じゃない。だから、普通に他の連中と同じ扱いで問題ないだろう?」


 別に都が死んだわけではないのだ。

 それ以外が死のうと、とくに問題はない。

 それなのに、どうして余計な気づかいをするのか俺には理解できんな。

 


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