第641話 死神からの宣戦布告(5)

「それには例外はないのか? 日本人は、必ず黄泉の国に行くことになるのか?」


 俺の問いかけに伊邪那美は眉間に皺を寄せると、口を開く。


「――いや、八百万を信仰していない――、偽神を信仰している者たちは来ることはないのう」

「偽神?」

「うむ」


 伊邪那美が頷く。

 そして、険しい表情のまま、


「偽りの神と書き、偽神と読む。人間達が権力のため――、支配構造を確立するために作った本来の神――、精霊とは違う成り立ちで作られたものじゃな」

「ふむ……。それはキリスト教とかか?」

「そうなるのう。自然界、病、恐怖を含めた人が尋常ならざる時に、作り出した存在。それが精霊であり、昇華したものが本来のありうる神の存在じゃ。妾も、人が作りし存在であるからのう」

「つまり、政治的な理由から作られたモノか――」

「根源的な感情から作られたモノかにより、本物の神か偽神に分けられると言ったところじゃのう。そして偽神を信仰している連中には、救いは存在しない」

「どういうことだ?」

「政治から作られた神ならざる存在、それがどういう者か、お主は分かるか?」

「いや、さっぱりだな」


 少なくとも、俺が異世界で知っている神という存在は、その世界に住んでいた連中の魂から肉体にまで干渉していた。

 この世界では、そこまでではないと思うが……。


「人が持つ根源的な畏怖の象徴。それが神たる力を支える屋台骨になっておる。ここまでは分かるか?」

「まぁ、何となく」

「だが、一神教と呼ばれるモノの多くは政治を前提に作られている。そして、そういう神というのは、どういう者か分かっておるか?」

「……」

「分かってはおらぬようじゃのう」


 伊邪那美は、俺が再生した遺体の前に座り、遺体に手を伸ばす。

 愛おしいと言ったように。


「権力者の政治、支配体勢の確立のために作られた宗教というのは、神というモノは存在しないのじゃよ。何故なら畏怖から作られる神が、そもそも存在しないのだから」

「どういうことだ?」

「簡単な話じゃ。中核となる精神が存在しない。そういうことじゃよ」

「つまり――」

「そう。器は存在しておる。何せ信者は存在しているのじゃからのう。だが、それは所詮は器に過ぎない。器に存在している中身――、魂というものが存在しない。それが、どれだけ危険な存在か分かるか? 桂木優斗」

「……つまり、死体は存在するが、死体を動かすための魂が無いという事か?」

「そうじゃ。キリスト教なぞいい例じゃが、あれは歪で醜悪で呪われた存在じゃ。信者達が好き勝手に他所の神を貶めるだけでなく、他者を殺して、それを正当化するためにキリスト教という存在に罪を擦り付ける。それは、空虚な器に【呪い】を注いでいるようなモノじゃ」

「……そいつは、相当ヤバいな」

「うむ。だが、人間は本質を理解できてはいない。――むしろ理解しているからこそ、現実から目を背けているのじゃろう。そして――、そんな地獄しか存在してない器を信仰している連中が死んだらどうなると思う?」

「死んだ後、信仰している場所へ送られるということは……、死んだあとは永遠と地獄の中で暮らすということか?」

「そうじゃ」


 伊邪那美は神妙な面持ちで頷く。


「じゃが、人間は、その現実を理解せぬ。本当に愚かしいことよ」

「……そうか。――で、この遺体の魂魄は?」

「八百万を信仰はしていたようじゃが、やはり魂魄は確認できぬ」

「――と、言うことは……」

「うむ。何かしらの理由で魂魄が、妾の領域に運ばれてきていないと考えた方がいいのう」

「他の遺体もか?」

「うむ。お主が、修復をしていない遺体の魂魄も確認がとれぬ」

「そうなると生き返らせることは出来ないか」

「そうなるのう。じゃが、遺体を綺麗にして遺族に届ける意味はあるのではないのかのう?」

「それはそうだな……」


 


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