第622話 奥の院 第三者Side
――場所は、徳島県の剣山。
その山中に存在する神社庁の最重要施設である奥の院。
それは洞穴の中に存在しており、限られた者しか入ることは許されていない。
洞穴は朱色で塗られたオリハルコンにより支えられており、あらゆる電磁波・霊力・妖力から、その存在を隠蔽していた。
そして洞穴の中であるとは思わせないほどの豪奢な作りをしている社や廻廊が存在しており、廻廊を一人の女性が歩いていた。
女は、カードキーを取り出すと、重厚な赤銅色の扉の前立つと、3メートル近い両開きの扉の横に申し訳なさそうに設置されていたカードリーダに通す。
――ピピッ、元老院所属、神薙と確認しました。霊波パターンを検出……、名前を述べてください。
「一条(いちじょう) 薺(なずな)」
――声紋認証を確認しました。門(ゲート)を開きます。
重厚な門が、音も立てずに両開きに開いていく。
ただ――、開いた門の先には虹色の壁が存在しているだけで――、向こう側を伺い知る事はできない。
彼女は、そんな壁に向かって金色に輝く視線を向けたあと、躊躇なく踏み出す。
そして、壁を通り過ぎると、彼女の目の前には、巨大な地下空洞が存在を現した。
そこは、地下であった。
ただ――、見上げるほどの高さが――、空までが存在していた。
「どうなっているのかしらね……。ここは……」
一条 薺――。
彼女は、神薙として巫女として神社庁に認められてから、長い年月を過ごしてきていた。
ただ、それでも彼女には、神社庁の奥の院という場所について知らないことの方が多かった。
そんな彼女は、歩き出す。
無数に存在している朱色に塗られた鳥居。
それと、時折に見える狛犬の置物。
それを横目に見ながら、一条は歩みを止めることなく神社庁の奥の院を歩く。
そして、御所と呼ばれる拝殿場所に到着したところで、足を止める。
「ご苦労であった。神薙よ」
天皇家の――、菊の紋が描かれている垂れ幕。
その垂れ幕の向こう側から、女性の声がかけられた。
彼女は――、一条は膝をつく。
それは騎士が、主君に忠誠を誓うような様であった。
「姫巫女様。一条、御呼びに馳せ参じました」
「ご苦労様です」
何の感情も――、感慨も――、熱量も――、一切、篭っていない声で垂れ幕の向こう側から、年若い女性の声が100畳近く広さを持つ板張りの拝殿場所に響く。
「それで、姫巫女様。今回は――、どのような問題が起きたのでしょうか?」
「どのような問題?」
神薙序列2位である一条 薺は、視線を床に落としたまま主君であり、神社庁の最高権力者である姫巫女に対して話しかけた。
神薙序列6位以上の神薙は、神レベルの災害に対してのみ出動を許可される。
そんな彼女を直接、呼びだした姫巫女。
それは余程の問題が起きているという事を暗示しているに他ならない。
本来であるのなら。
「それは、本当に言っているのかしら?」
無機質な声が――、姫巫女の声が、拝殿場所――、その空間に響き渡る。
「……」
そのあまりにも起伏に乏しい声色に、思わず無言になる一条。
ただ、彼女には姫巫女が何を言っているのか――、何を問いただしているのか、一切! 思い当たる節はなかった。
そして――、思考を続けたところで――、
「――そ、それは……。千葉で起きた例の襲撃の件でしょうか?」
思い当たる節が、それしかなかった一条は、声に出すが――、
「ええ。そうね……。私は、神社庁の人間が一切、関わることを禁止したはずよね? そう厳命したわよね? 貴女は、きちんと下弦の神薙に伝えたのかしら?」
「――はっ! ただ――、市民を――、国民を守るということで末端の神薙が独自に動いたようで……」
「それで?」
「どうやら、かなりの力を有している異形の怪物との戦闘になりそうになったと――」
「そう……。――で、死者は?」
「軽傷者のみです。死人はなかったと報告を受けています」
「死人が……いなかった?」
そこで初めて戸惑いという感情が姫巫女の声に乗る。
「何かありましたか? 何か予知でも?」
「何でもないわ。それよりも、下弦の神薙が対応したのかしら?」
「――いえ。例の神の力を手に入れたとされる桂木優斗という者が対応したとのこと」
「――ッ!」
ガタッという音と、ギシッ! と、言う音が垂れ幕の向こう側から一条の耳に聞こえてくる。
それは、動揺と憤怒と言った雰囲気であった。
数百年、神薙をしている一条だからこそ察することが出来た彼女なりの雰囲気を察する能力であったが――、
「そ、そう……。まさか外部の者が……」
務めて冷静に振舞おうとするような雰囲気の声に、一条は内心では首を傾げていた。
「(神薙の職についてから300年近く経つけど……、姫巫女様の……、これほど動揺した御姿を感じたのは初めてだわ)」
そう彼女は心の中で戸惑う。
「はい。外部の――、千葉県警察と日本国政府に内閣府直轄特殊遊撃隊が、今回の事件について全ての後始末をしています」
「……それを、神社庁は黙認したのかしら?」
「はい。姫巫女様が手を出すなと――」
「――ッ!」
「どうかされましたか?」
「何でもないわ。それよりも……、周囲への被害はどうだったのかしら?」
「何でも神楽坂邸を異邦の化物は襲ったとのこと。ただ、天狐たる白亜様が、時間稼ぎをした上で、桂木優斗が事件の収束を図ったと――」
「白亜……さま……」
絞り出すように姫巫女が呟く。
そこには、怒りが――、例えようもない憎しみが込められているかのようであった。
ただ、そこまでは一条には理解は出来なかったが、不遜な雰囲気は感じとることは出来た。
「はい。すでに下弦の神薙である住良木(すめらぎ) 鏡花(きょうか)より報告書が上がってきております」
一条は懐から、小型の情報端末を取り出す。
すると、どこから現れたのか――、一条ですら認識できない間に出現した鳥が、情報端末を嘴で加えると垂れ幕の向こう側へと飛翔し姿を消す。
「あとで確認するわ。一条」
「はい」
「今後は、どのような理由があろうと、奥の院からの勅命には従うように下弦の神薙には周知徹底しなさい」
「分かりました(どういうことなの? 一般人を守ったというのに労いの言葉も無いなんて……、いつもの慈悲深い姫巫女様にはありえないことだわ)」
一条は、内心で首を傾げながらも一礼すると、拝殿場所を後にする。
そして――、拝殿場所に一人になった姫巫女は、手にしていた扇を握り潰す。
「余計なことをしてくれたわね……。優斗――、どうして……、貴方は、私の邪魔をするの? あんな人間、生きている価値なんて無いというのに……。私は、あなたの為に……、あの女を……」
姫巫女は、ただ一人、虚空を見上げて呟いた。
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