第621話 同族喰らい(5)

 細胞組織の構成を元に戻す。

 そして――、右腕を振るい手についていた血を払う。


「アザートスか……。聞いたことがないな……。白亜」

「は、はい……」

「お前は、アザートスという言葉を知っているか?」

「――いえ」

「そうか……」


 俺は、喰らった存在の知能を吸収し情報を引き出そうとしたが、俺の精神に干渉していた影響からなのか、殆どの人格から記憶までズタズタに引き裂かれていて回収できたデータはなかった。


「まぁ、致し方ないな」


 終わったことは今更追及しても仕方がない。


「白亜」

「はい……」

「治療は、あとどのくらいかかる?」


 俺は、人の気配が近づいてきている事を感じながら、白亜を見られるのは不味いと思い確認する。


「あと数分は――」

「分かった」


 波動結界を展開し、都の邸宅に彼女が在宅しているのを確認すると共に、白亜の斬り落とされた両手両足を掴むと、白亜の元へと瞬時に移動する。


「両腕だけは接合する。足の方は、あとで治療するから、お前は切断された足を落とさないように抱えていろ」

「分かりました」


 身体強化をし――、白亜を抱き上げてから駐車場のアスファルトを蹴り上空1000メートル近くまで跳躍した。

 その際に発生した衝撃波と爆音に近づいてきていた気配が足を止めるのを確認しつつ、俺は自宅の公団へと空間を蹴り移動した。




 そんな様子を遠くから見ていた東雲は体から力を抜く。


「東雲様」

「どうかしたの?」

「――いえ。東雲様も、ご覧になられましたか? 先ほどの年若い少年を」

「そうね……」


 神薙である東雲柚木は、A級霊能者が慌てて話しかけてきたことに対して淡泊に答える。


「それと――」

「まだ、何かあるのかしら?」

「矢田部霊能者と、千葉県警察の刑事課の人間ですが、例の化物の影響をモロに受けてしまっているのか意識を失っているのが確認できました。おそらく、空に浮かんでいた化け物の何らかの精神攻撃かと思われますが……それにしても……」

「任せるわ」


 深く溜息をつく東雲。

 彼女は、結界が崩壊してから異形の化物と知り合いであり天狐である白亜の戦いの場面を逐一見ていた。

 そして白亜がピンチになったときも。

 ただ、体を指一本動かすことができなかった。

 それは圧倒的なまでの力を有している来訪者が、暴れていたからであった。


「(桂木優斗……。神の力を有していると聞いていたけど……。あれは本当に神の力なの? 他を咀嚼する力に肉体の細胞を作り変える力なんて聞いたことがないわ……)


 東雲は、そう心の中で呟きつつ姿を消した桂木優斗へ警戒心を持つのであった。



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