第620話 同族喰らい(4)

 圧倒的なまでの死を予感させるほどの――、絶望的なまでの殺意の波動。

 それが周囲の空間を満たす。

 カラカルは、男子高校生と言っていた男を見るが――、カラカルは「カハッ!」と、思わず息を吐く。

 それは、生存本能を否定されたモノの無意識の行動であった。


「(――い、息が……、呼吸が……)」


 声にならない声が胸中を――、カラカルの心の中で駆け巡る。


「(化け物だと理解はしていたが……。これほど……とは……)」


 カラカルは、必死になり考え――、そして理解する。

 超越者たる彼には呼吸する必要はなかったということを。

 それでも、生物として存在していた生存本能。

 呼吸を無意識に止める――、強要するほどの殺意に晒されたカラカルは、体に違和感を覚える。

 そして彼は、自身の体を見た。


「(俺様の体が震えているというのか? 人間――、家畜よりも遥かに進んだ文明を持つ……、この俺が? この超越者たる俺が? 目の前の……何の変哲もない……ただの人間に? 家畜に? 理解ができぬ!)」


 カラカルの目前では、桂木優斗の雰囲気が変わり、その場で立ち尽くしていたが――、その殺意の波動は衰えることもなく、むしろ強大になりつつあり――、


「(人間に! 家畜に! ただの塵芥に! この生物の最奥の! この俺が! ありえないんだよおおおおおおおお!)」


 カラカルは、ただの人間にしか見えない桂木優斗を睨む。

 そして目の瞳孔が開く。


「家畜が! 貴様が、どれだけの力を有していても所詮は人間っ! 家畜! この俺様が、このカラカル様が! 貴様の精神性を破壊して――」

「……」


 無言のまま桂木優斗は、カラカルを見下ろす。

 そんな桂木優斗の精神に干渉し、精神を破壊するために――、カラカルは己の意識を桂木優斗の精神へと向ける。

 霊力か妖力を持つ者しか視認できない触手。


「ご主人様っ! やつは何かを――」

「問題ない」


 短く答える桂木優斗。

 その様子に――、


「やはり家畜! この俺様は、存在の記憶を1万年は遡る事ができる! 人間ならば! この者の年齢ならせいぜい20年も生きてはおらぬ! ならば! 生まれた時まで記憶を遡れば、無垢な! なんの抵抗もできない脆弱な精神が露呈する! そうすれば、こやつは廃人同然!」


 したりとした笑みを浮かべ――、


「――は?」


 桂木優斗の精神に触れた途端、カラカルは何の足場も空も空間も光も存在しない場所に一人立っていた。


「……どこ……なのだ? 此処は……」


 普通の人間なら――、生物なら何かしらの記憶――、風景、人物などが存在していておかしくない場所であったが……。


「どこだ? 此処は……」


 途方もない闇――、それを自覚した瞬間――、カラカルは記憶を遡ればいいのでは? と、認識する。


「――クッ! 例外はないはずだ! 人間ならば! 生物ならば!」


 カラカルは、桂木優斗の記憶を遡る。

 自身の限界まで――、


「どういうことだ? もう20年は遡ったはずだ……。なのに――、まるで底が見え――、クッ! まだだ! 人間である限り! どんなに――」


 100年、200年、300年――、


「ありえぬ!」


 1000年、2000年、5000年――、9000年――、


「何が、どうなっている?」


 ――1万年。


「これ以上は――、限界……」


 そこで、カラカルは歩みを止める。

 そして、周囲を見渡すが景色には何の変化もない。


 ――否。


 小さな声が、周囲に木霊す。


「何だ? 精神世界の中で声だと?」


 カラカルは、周囲を見渡すが何の変化もない。

 一条の光も存在していない闇。

 それが、ただ広がっているだけ。

 ただ、徐々に声が――、ハッキリと彼の精神に干渉を初めていて――、

 

「なんなのだ? なんなのだ? なんなのだ!? この人間の精神性はどうなっている!」


 ――殺す。


 ただ一言。

 たった一言。

 その声が、カラカルの精神に触れる。

 その瞬間――、


「――! い、いま……、何かが……」


 体があればビクン! と、自身の体を震わせたであろうカラカルは、慌てた様子で周囲を見わたすが、闇ばかりが広がっていて――、


 ――殺す。


 再度、カラカルに干渉してきた声に、ようやくカラカルは自覚する。


「――な、なななな……何が起きて――」


 ――殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。


 次々と、干渉してくる声――、そして音に、カラカルは思わず耳を塞ぐ。

 精神となっているカラカルには意味が無いというのに。


 ――殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。


 呪いに近い声。

 そして、圧倒的なまでの殺意に憎しみ。

 それは凡そ、生物が有していてはいけない――、持っていては存在できない程の怨嗟の塊であり――、常人どころか精神破綻者であったとしても持ちえない異常なモノであった。


「やめろ! やめろ! やめろ! 俺の精神を喰らうな! なんなのだ! なんなのだ! この化け物はっ! 人間? 違う! こやつは化け物だ! 正真正銘の!」


 自我が崩壊しかけたカラカルは必至に、桂木優斗の精神から脱出しようと藻掻く。

 少しずつ自我が崩壊を初めていく。

 それを必死に繋ぎ止めながらようやくカラカルは桂木優斗の精神の中から脱出するが――、カラカルは見てしまった。


 先ほどまで目の前に立っていた桂木優斗の存在を――、そこには闇が――、無が――、存在していた。

 それを理解した瞬間――、


「(アザートス様、申し訳ありません……。この目の前の化物は――、手を出してはいけ――)」


 途中まで思考した瞬間、カラカルは桂木優斗の右手が変化した竜に咀嚼され喰われた。




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