第619話 同族喰らい(3)

「男子高校生だと?」


 俺は見上げる。

 そして、その顔を見る。

 男の体躯は3メートル近い。

 人間とは掛け離れた身長の男。

 そんな男が振り下ろしたグレートアックスの重量は軽く数百キロはあるだろう。

 普通の人間では振り回すどころか振り下ろすことすらできない代物だ。

 そんな斧を、俺は片手で――、折りたたんだ右指と中指で挟みこみ指の力だけで受け止めていた。


「――そ、そんなことが! ありえるわけがない!」


 男は、叫ぶと同時に、グレートアックスを俺が挟んでいた指から引き抜こうとするが――、


「――ッ! ば、ばかな!? こんな……! こんなバカなことが! まったく動かん! き、きさま! 一体! 一体、何をした! 呪術か!」

「やれやれ――」


 俺は、人差し指と中指の力のみで受け止めていたグレートアックス――、刃渡り1メートルを超える巨大な戦斧を横に振るう。

 

「――なっ!?」


 途端にかかる横への重力と圧力。

 それに伴い、男の体が――、その手がグレートアックスを離さなかったことで駐車場のアスファルトと並行に倒れ込み、アスファルトに身体を削られながら――、


「グオオオオオオオオオオオオ」


 痛みにより絶叫にも近い声を上げながら途中でグレートアックスから手を離し慣性の法則に従って横薙ぎに吹き飛ぶ。

 吹き飛んだ先の病棟の壁に突き刺さり、一部のコンクリート製の壁が吹き飛び、その衝撃により病院の鏡張りの窓に次々に亀裂が入り、砕け散り、病院の入り口へと降り注ぐ。


「少し飛び過ぎたか」

「――ご、ご主人様……。申し訳ありません……」


 そんな声が、俺の足元から聞こえてくるが――、


「白亜」

「はい」

「やつらの目的くらいは聞き出したか?」


 俺は、白亜に一瞥することすらせずに問いかける。

 神谷から話しを聞いていたが、実際に、このような場で得体の知れない連中が暴れている事自体が俺には気にいらなかった。

 理由は一つしかない。


「安倍晴明の抹殺と言っていました」

「安倍晴明? 純也のことか?」

「――いえ。神楽坂都を殺しにきたと――」

「……」


 ああ……。

 なるほど……。

 つまり、あれだ……。

 


 ――俺は頭上を見上げる。

 それと同時に、巨大な光が集約されていくのが見える。

 

「ご主人様っ! あれは高熱を放つ攻撃です」

「……」


 白亜が何か言っているが、俺は吹き飛ばした男が体を作り変えている様相を視界の端で確認しつつ、上空に集められている光を見て――、解析する。


 ――解析完了。

 ――月光を収束させたレーザー兵器と判断。

 

 解析が終わると同時に、光が――、収束された100万度を超える光の束が俺目掛けて接近してくる。


 ――空間に干渉


 思考の合間で、一瞬で周囲の大気を掌握。

 生体電気を体内で増幅して放出し、大気の組成を瞬時に作り上げた。


 その直後、高熱の光は、俺に接触する数センチ前で湾曲し上空へと行先を変える。

 さらに、光は空中に浮かんでいた巨大な触手の化物を両断するだけでなく、成層圏に存在していた化け物も消し飛ばす。


「――なっ!」


 白亜が、眼を開く。


「白亜」

「はい」

「治療は必要か?」

「――いえ。仙法にて時間はかかりますが……」

「そうか。――なら、時間稼ぎご苦労だった」


 俺は短く労いの言葉をかける。

 そして、白銀の狼へと視線を向けた。


「――き、きさま……。貴様っ! 一体、何をしたっ! 光学兵器を! 光学兵器を無力化どころか利用するなぞありえない! 地球人の! 家畜の科学力では、そんなことはできないはずだ!」


 鋭い牙を見せつけながら20メートル近くまで巨大化した二足歩行の白銀の狼は、苛立ちを募らせるように叫ぶと、俺に突進してくるが――、


「お前に答えるつもりはない」


 俺は、男が振り下ろした巨大なオオカミの手を左手で弾く。

 その際に、オオカミの爪が余波で粉々に砕け散る。


「ありえないっ! タングステンですら切り裂く俺様の爪を素手で……余波で……」


 流れるように、俺は白銀の狼の体に肉薄すると右手を添えた。


 ――雷光衝波(らいこうしょうは)

 

 極限まで極めた体捌き。

 そして体内で増幅した生体電流を掌底に、――浸透発勁に乗せて放つ。

 

「俺の体毛は! 肉体は核攻撃にすら耐えられる強度を――ぐはああああああ」


 赤黒い血を吐きながら数十メートルの上空まで吹き飛び落下し周囲に臓物を撒き散らすオオカミを俺は一瞥する。


「……ぐはっ! ぐふっ! あ、ああ……。ああああ……。なん……なのだ……。この化け物は……。本当に、人間……か……? ――か、体がうごかん……」


 上空に舞い上がり背中から駐車場に落下し臓物と血を撒き散らしながら、辺りに漂う血の匂いの中、オオカミは必死に後退る。


「化け物ね」


 そこで、俺は自嘲気味に笑みを浮かべる。


「あ……圧倒的なのじゃ……。しかも、人の技だけで……」


 白亜が後ろでポツリと呟くのが聞こえてくる。


「お前は……、本当に……(ありえない……。こやつの細胞は間違いなく……スキャンをしても人間と酷似している。むしろ人間……。なのに超越者の一人である俺様を、たった一撃で――、こんなことは理論上不可能だ……。――なら、こやつは一体……、ナニモノなのだ? 安倍晴明どころの騒ぎではない。 これは――、こやつは――、本当の化物だ!)」

「何度も言わせるな。俺の大事なモノに手を出した以上、貴様を生かすという選択肢はない」

「……あべの……せいめ……いのことか……?(こちらの情報をまるで知らないだと? 安倍晴明の関係者でもない? 意味がわからない。――くっ! 成層圏に展開していた通信衛星もいつの間にか破壊されて――、どれだけの探知能力を有して――)」

「知らんな」


 安倍晴明という訳の分からないやつのことなんてどうでもいい。

 こいつは、都を殺すと言ってこの場に来たと白亜が言っていた。


 ――なら……。


「お前らは、何のためにここに来た?」


 俺はカマをかけることにしたが――、


「――ッ! ははははっ……。なんという化け物だ。空間歪曲すらも……。この俺様が――、超越者である俺様が、まるで赤子のようではないか! ハハハハハッ!」


 どうやら答えるつもりはないようだ。

 ――なら、直接、脳を取り出して調べてみるとしようか。


 俺は手を伸ばすが――、


「貴様のような化け物の情報が共有できない事は残念だ! だが! 神楽坂都は、我々、来訪者が必ず! 必ず! 四肢を裂き! 恐怖と苦痛の中で殺してやる! 覚えて――」

「そうか」


 俺は小さく呟く。

 それと同時に、周囲に俺の殺意の重圧が物理的な力を有し降り注ぐ。





 

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